66,12月21日 月曜日 15時35分 ホテルゴールドリーフ

66.mp3 【お知らせ】 このブログは「五の線リメイク版」https://re-gonosen.seesaa.netへ移行中です。 1ヶ月程度で移行する予定ですのでご注意ください。 【公式サイト】 http://yamitofuna.org 【Twitter】 https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM ご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。 皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。 すべてのご意見に目を通させていただきます。 場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「一色貴紀。」 「そうです。」 松永はため息を付いた。 「あのバカ…。」 彼は下唇を噛んだ。そしてホワイトボードに貼られている顔写真を見つめ、再び十河と相対した。 「さっきも言っただろう。覚悟はできている。」 松永は彼の視線からは目を離さず、こう言い切った。暫くの沈黙を経て十河の目が充血し、瞳から一筋の涙が流れ落ちた。 「十河…。」 「理事官、申し訳ございません…。私は嬉しいんです。若手警察官、しかもキャリアの貴方が一心不乱に真実を追い求めてひた走る姿を見ることができて…。」 「なんだなんだ。おまえやめろよ。本題はこれからだろう。調子が狂うじゃねぇか。」 松永は頭を掻いた。 「すいません…

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65,12月21日 月曜日 14時55分 ホテルゴールドリーフ

65.mp3 【お知らせ】 このブログは「五の線リメイク版」https://re-gonosen.seesaa.netへ移行中です。 1ヶ月程度で移行する予定ですのでご注意ください。 【公式サイト】 http://yamitofuna.org 【Twitter】 https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM ご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。 皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。 すべてのご意見に目を通させていただきます。 場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー かつては金沢城の大手堀があったこの辺りはその一部を残して埋め立てられ、今では道路が走っている。この道路に沿うように何件かの宿泊施設が並んでいた。近江町方面からこの辺りまで歩いてきたひとりの男は立ち止まって見上げた。そこには背は低いが真新しい5階建てのホテルがあった。この辺りは金沢城や兼六園のすぐ近くであるため、景観保持ということで建物の高さに制限が設けられていた。無論それは宿泊施設においても例外ではない。彼は握りしめていた拳を開いて、そこに目を落とした。そして建物の正面玄関に掲げられている看板に目をやった。 「ここやな。」 彼は寒さに身を竦めながらその中へと足を進めた。自動ドアが開かれるとすぐそこはフロン…

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64,12月21日 月曜日 14時22分 金沢銀行本店

【お知らせ】 このブログは「五の線リメイク版」https://re-gonosen.seesaa.netへ移行中です。 1ヶ月程度で移行する予定ですのでご注意ください。 【公式サイト】 http://yamitofuna.org 【Twitter】 https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 64.mp3 本多慶喜は12畳ほどの広さの専務室にある革張りの自席に座った。ため息をついたところで懐にしまっていた携帯電話が鳴った。彼はそれを取り出して画面に表示される発信者の名前を見て思わず舌を打った。 先程まで開かれていた金沢銀行の役員会上でマルホン建設の追加融資には、条件が課せられた。それは事前に山県が作成した経営改善策を無条件で受け入れることだった。常務の加賀は成長分野である介護・医療の優良先とマルホン建設が提携する山県の案を評価した。これが即座に実行されるならば、仮に金融検査が入っても格下げを回避できようという評価だ。併せて加賀はこの改善策を根拠に、金融庁にマルホン建設の査定を大目に見るよう、事前に働きかけること約束した。 今俎上に上がっている1億の融資が実行されなければマルホン建設は資金ショートを起こして経営に行き詰まってしまう。しかしそのために課せられた条件は慶喜にとって具合の悪いものだった。提携だけならば良いが、ドットメディカルはそれに条件をつけてきた。ドットメディカルのマルホ…

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63,【後編】12月21日 月曜日 13時51分 北上山運動公園駐車場

63.2.mp3 【お知らせ】 このブログは「五の線リメイク版」https://re-gonosen.seesaa.netへ移行中です。 1ヶ月程度で移行する予定ですのでご注意ください。 【公式サイト】 http://yamitofuna.org 【Twitter】 https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM ご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。 皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。 すべてのご意見に目を通させていただきます。 場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。

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63,【前編】12月21日 月曜日 13時51分 北上山運動公園駐車場

63.1.mp3 「何で電話かけてくるって?そりゃあお前、おたくの理事官さんが帳場のことはお前に聞けっておっしゃっていらっしゃったからやわ。あ? ほんなもん知らんわいや。こっちが聞きてぇわ。お前こそあいつにいらんことちゃべちゃべ喋ったんじゃねぇやろな。あ?…喋っとらん?…そうなんか…。」 会話の内容から電話の相手は岡田であることがわかる。片倉は県警で松永と出くわした。出くわしたというよりも、松永が片倉をつけていたと言った方が表現が適切かもしれない。松永の口から岡田の名前が出たため、彼がこちらの事をリークした恐れがあった。今朝、岡田とはお互いの行動の極秘を誓った筈なのに、何故お前は裏切るような行動を取るんだと詰問しようとした片倉だったが、岡田の弁明によってそれは誤解だとすぐにわかった。片倉は信頼できるはずの部下を、このように疑いの目を持って詰問した自分の節操のなさに嫌気が差した。 結局のところ松永が何故自分の行動を捕捉していたか、その原因は分からずじまいだ。 文子からの事情聴取を終えた片倉はアサフスの裏手にそびえる北上山の中腹にある運動公園の駐車場に車を止めた。 「おい、片倉。」 彼の隣で煙草をふかしながら、窓の外にチラホラと舞ってきている雪の様子を見ていた古田は声をかけた。片倉は古田の呼びかけに、何故自分が今、岡田に連絡を取っているかを思い出した。 「ああ…岡田、お前を疑ってしまってすまんかった。ところで帳場のほうで何か変わった動き、無かったか?」 換気のため指二本分開いた窓か…

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62,【後編】12月21日 月曜日 14時17分 マルホン建設工業

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62,【前編】12月21日 月曜日 14時17分 マルホン建設工業

【お知らせ】 このブログは「五の線リメイク版」https://re-gonosen.seesaa.netへ移行中です。 1ヶ月程度で移行する予定ですのでご注意ください。 62.1.mp3 「失礼します。」 木製の重厚感ある扉を開いて佐竹は入室した。彼の目の前には仕立ての良いスーツを見に纏い、窓から外を眺める本多善昌の姿があった。 本多善昌は衆議院議員本多善幸の実子である。本多善五郎が築き上げた裕福な生活基盤を受け継いだ善幸は一人息子である善昌を殊の外かわいがった。ありとあらゆるものを買い与えた。その寵愛ぶりが善昌の人間形成に大きな影響を与えたのだろう。欲しいものは絶対に手に入れなければ気が済まない性格となる。市内のエリート養成幼稚舎からエスカレータ式にその系列の高校を卒業した善昌は、善幸にアメリカへ行って見聞を広めたいと申し出る。常に自分の側に置いておきたい一人息子であり、万が一のことがあるかもしれないと思うと善幸は気が気でなかった。しかし一人の人間として考えた末の決断であり、その意志を尊重したいということで善幸は善昌のアメリカ留学を認めた。 しかしこの留学がいけなかった。善昌の成績は高校の二年あたりから振るわなくなってきていた。見聞を広める、語学を修得するというのが名目の留学の実際は、親の目から離れた遠い異国の地で放蕩の限りを尽くしたものとなっていた。彼はアメリカ留学時にタバコや酒、ギャンブルを覚え、現地の女性にも手を出して妊娠すらさせた。これらの目に余る放蕩ぶりに激怒した…

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61,12月21日 月曜日 13時10分 熨子山連続殺人事件捜査本部

61.mp3 松永は自席に座って右脚を小刻みに動かしていた。 「連れてきました。」 一見するとヤクザかと思われる迫力の風貌をもった男が松永の前に立たされた。 「組織犯罪対策課の十河と申します。」 「そこに掛けろ。」 松永の向かい側の座席に座った十河は、そこに広げられている穴山と井上に関する資料に目を通し始めた。 「どうだ。なにか分かるか。」 十河は資料にさっと目を通して松永の問いかけに即座に答えた。 「ポンプ(注射器)が確認されますね。突きですからシャブ(覚醒剤)です。シャブとなるとこの辺りでは大体が仁熊会が元締めだと言われています。」 今回の事件の被疑者は一色貴紀である。彼は熨子山で穴山と井上を殺害し、その後桐本と間宮を殺した。そして一色かどうかは完全な確証を得たわけではないが、どうやら昨日の夕方にも七尾で男ひとりを殺して、彼は現在逃亡中。動機は依然として不明。 先ほど県警本部で松永は片倉と接触した。6年前の熨子山での事故をめぐる背景を片倉から聞かされ、松永の頭の中には仁熊会の存在がインプットされていた。 最初に殺された穴山と井上はどうやらシャブの売人の顔を持っていたようだ。十河の言うところではシャブの出処は仁熊会とかいう石川県の暴力団の可能性が高いそうだ。この仁熊会のフロント企業はベアーズデベロップメントと言い、6年前の熨子山での事故に関わっている可能性がある。その6年前の事故を殺しではないかと一色は個人的に捜査をしていた。別の事件と思われるものが仁熊会という組織の…

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60,12月21日 月曜日 13時22分 フラワーショップアサフス

60.mp3 店の奥にある畳敷きの文子の部屋で古田と片倉は彼女と向かい合っていた。 「当時のことは剛志さんからお聞きしました。」 「そうですか。」 「単刀直入にお聞きします。文子さん。あなたは500万の口止め料を貰いましたね。それは誰からのものですか。」 「剛志から聞いたでしょう。コンドウサトミという人です。」 「いえ、私がお聞きしたいのはあなたが口止め料を振り込むようにと依頼した人です。コンドウサトミさんではありません。」 文子は古田の言葉に黙ってしまった。 「忠志さんは口止め料の受け取りを拒んだ。しかしあなたは旦那さんに内緒で口止めを依頼する人間と接触した。だから500万が口座に入金されたんですよね。」 文子は問いかける片倉と目を合わさない。その様子を古田は片倉のそばで観察した。 「あなたが接触した人間は誰ですか。」 文子は黙ったままだ。 「文子さん。我々はあなたが口止め料を貰ったから、罪に問われるとか言ってる訳じゃないんです。ただ、当時の本当のことを知りたいだけなんです。」 この片倉の台詞にはっとした文子は、塞いでいた表情から一転して片倉の目を正面から見ることとなった。 「…あの人も同じことを言っていました。」 「あの人?あの人って誰ですか。」 「一色くん…です…。」 文子は瞳に涙を浮かべていた。片倉と古田はお互い顔を見て頷いた。そして片倉が続けて質問をする。 「文子さん。その一色と同じように我々にも教えていただけませんか。」 「刑事さん。」 そう…

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59,12月21日 月曜日 13時15分 金沢銀行本店 役員会議室

59.mp3 金沢の南町に居を構える金沢銀行。大正期に当時の著名な建築家の手によって建てられた石造りの重厚な外観は権威的でもあり、その中も当時の面影を色濃く残した作りとなっている。10メートルほどの高さを持った一階営業店フロアは圧巻であり、中でもその背後の中央から左右に別れるように広がる階段は翼を広げた鷹を彷彿させ、来店する皆を圧倒する迫力を持っていた。金と権力が集まる石川県の第一地銀金沢銀行の中枢には、この階段を登って行かねばならない。赤絨毯が敷かれた階段の先には役員と関係者のみが出入りを許される、役員会議室と頭取室があった。 「では小堀部長続けてお願いします。」 会の進行は総務部の担当である。総務部長は上座窓側に立って資料に目を落としながら議事を進めた。Uの字を思い起こして欲しい。この文字の底辺となる場所に頭取は座る。その両サイドの直線となったところの最も底辺に近い位置に専務取締役の本多慶喜。常務取締役の加賀京三が向かい合って座り、それから順に取締役達が並んでいる。これらの男どもが、口を真横一文字に噤んで権威的な建造物が作り出すこの重厚な空間に負けじと踏ん反り返っている様は、第三者がみると滑稽に映るかもしれなかった。 「マルホン建設に関して、今般一億の手貸の承認を求める稟議が金沢駅前支店より上がっています。」 融資部から検討用の稟議の写しが会議室の全役員に配布された。資料がひと通り全役員に行き渡ったあたりで役員たちがざわざわと騒ぎ始めた。本多はそれを鎮めるように役…

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58,12月21日 月曜日 12時45分 河北潟周辺

58.mp3 「何だって?お前はその刑事にそんなこと言ったのか。」 「ああ。」 「まったく何てことしてくれたんだ。」 「なんだよ。聞かれたことをその通り話して何が悪いんだ。」 「あのなぁ。俺はお前とは連絡とって無いって言ってしまったんだぞ。あぁ辻褄が合わなくなってるじくるじゃないか。」 「はぁ?なんでそんな嘘をつく必要があるんだよ。」 「いや…。」 確かに佐竹のいう通りだ。村上は佐竹に余計な面倒をかけたくないとの気持ちから片倉に嘘の答弁をした。警察から事情を聴取されたという佐竹からの連絡もなく、おそらく自分が最初の聴取対象であろうと踏んだのが間違いだった。まさか別の者が同じような時間帯に佐竹を聴取していようなどとは村上は想定していなかった。物理的に離れた環境にいる他者の気持ちを以心伝心で組めるほどの卓越した能力を持っている人物などいる訳もなく、村上は自分の軽率な言動を後悔した。 「他に何か聞かれなかったのか。」 「いや、俺は俺で年末のゴタゴタで忙しいから今日の晩にもう一回出直してくれって言っといた。」 「そうか。」 「なぁ、なんでお前そんな嘘ついたんだ。」 「いいだろお前には関係ない。」 「関係ないってなんだよ。おまえこそ変にあいつらに勘ぐられることになるぞ。」 ここで村上は昨晩談我での店主とのやり取りを思い出した。 「相手に黙って、こそこそするからダメなんじゃあ無いのかなぁ。なんて言うのかな、こうちゃんと向きあって、俺はこう思っている、君はどう思うって。…

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57,12月21日 月曜日 12時24分 金沢銀行金沢駅前支店

57.mp3 人気が少なくなったロビーの雑誌類を整理していた佐竹は、店内に設置されたデジタルサイネージに目をやって今の時刻を確認した。 そろそろ休憩をとっても良い時間だ。一足先に休憩に入っている橘はもうしばらくすればここに戻ってくる。彼の帰りを確認して自分も休憩をとろう。そう思いながら佐竹はひと通り店内を見回した。彼が店内奥の職員通用口に目をやった時に、その扉は開かれた。 「支店長。」 山県は羽織っていたコートを脱いで、そばにあるコートハンガーにそれを掛けた。支店長の決裁を求める稟議書がうず高く積まれた自席に目をやってため息を付いた彼は、立ったままデスクの引き出しに手をかけた。 ーさぁどうする。 引き出しの中を確認した山県は店内を見回した。そこでロビーに立っている佐竹と目があった。山県の目つきは鋭く、5m先にいる佐竹は固まってしまった。そこに休憩を終えて外から帰ってきた橘がタイミングよく通用口から店内に入ってきた。橘は山県の車が駐車場に止まっていることから、彼が帰ってきたことを知ったのだろう。店内に入るやいなや支店長席の方へ駆け寄った。橘の動きを見て佐竹は同じく支店長の側へ駆け寄った。 「次長も代理もそろって何や。」 「融資部からの再三の催促で支店長には無断で稟議を本部へ送りました。」 橘が支店長不在時の事の顛末を報告した。 「これみれば分かるわ。」 そう言うと山県は自席の引き出しを開けてその中を二人に見せた。 「すいません。」 「…

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56,12月21日 月曜日 11時53分 県警本部交通安全部資料室

56.mp3 「松永…。」 片倉の前方10m先にはコート姿の松永が立っていた。 「お前、そこで何をしている。」 そう言って松永はこちらに歩いてくる。 「おい、片倉。松永か。まつ…。」 電話の先で声を発する古田を遮るように、片倉はそれを切った。 「やれやれ。ちょっとは大人しくしていてくれればいいものなんだが…。」 松永は伸びきった自分の髪の毛を掻きあげた。 「ちょろちょろちょろちょろネズミが動きまわって目障りなんだよ。何を調べていた。」 「別になんでもいいだろ。あんたこそなんでこんな所におるんや。」 「何だ…その態度は。」 「こっちは今あんたとは何も関係がないんだ。指図は受けねぇ。」 片倉の態度に呆れた表情を示した松永だったが、昨日の狂人のように振る舞う素振りは見せなかった。松永は片倉が左手にスマートフォンを持っているのを見た。 「捜査資料の無断複製、外部持ち出しは懲戒もんだ。」 そう言って彼は片倉からそれを取り上げた。 「消せ。」 「…。」 「今すぐこの場で消せ。俺の目の前で確実に消せ!!」 「それはできん。」 「あのなぁ、この俺が最大の親切心で言ってやってんのに、それすらもお前は無視か?」 そういうと松永はコートのポケットの中からホッチキスで止められ、強引に4つに折りたたまれた10枚ほどの用紙を取り出した。 「お前が欲しいのはこれだろ。」 松永が手にしている資料は、いま片倉が撮影した6年…

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55,12月21日 月曜日 11時30分 県警本部捜査一課

55.mp3 携帯電話の音がなった。胸元にしまってあるそれを取り出して、片倉は画面に表示される発信者の名前を見た。そこには古田登志夫の名前があった。 「おうトシさん。」 「片倉。なんやら次から次とどえらいもんが出てきたぞ。」 「そうか。ちょっと待ってくれ。」 そう言うと傍らの職員にしばらく離席する旨を伝え、彼は捜査一課から喫煙室へと移動を始めた。熨子山連続殺人事件の捜査本部は北署に設置されているが、県警本部との連携をとるために、ここにも連絡室なるものが設置されている。そのため県警本部全体もいつもより慌ただしく殺気立った雰囲気が充満していた。足早に歩く私服警官。県境を中心とした徹底した検問体制を敷く警備部。皆余裕が無い様子だ。 「で、どうした。」 「赤松と接触したんやが、あいつの父親が6年前に事故で死んどる。」 「で。」 「その事故がコロシじゃないかと一色がこっそり捜査をしとったようなんや。」 「おいおい待てよ。トシさん。また訳が分からんくなる情報やな。」 喫煙室の目の前に来た片倉だったが、そこで踵を返して別の方向に向かった。 「まぁ黙って聞け。お前、今どこに居る。」 「県警本部や。」 「そりゃあありがたい。片倉、ちょっくらそのまま交通安全部の資料室で当時の事故の調書見てくれんか。」 「そう言うやろうと思って、いまそこに向かっとる。」 「お前、天才やな。」 「まあな。で、どうなんや。」 「当時の一色が言うには、ブレーキひとつ踏まんと崖から転…

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54,12月21日 月曜日 11時12分 金沢銀行金沢駅前支店

54.mp3 事業所融資の稟議書をパソコンに向かって作成していた佐竹は行内にある時計に目をやった。時刻は11時を回っていた。目、肩、腰に疲労を覚え始めていた彼はいったん手を止めて、両腕を天井に向けておもいっきり体を伸ばした。その時、自席の後方に位置する支店長席を見ると山県の姿は確認できなかった。彼は朝から店を出たきりだ。連絡も何もない。 「支店長まだ帰ってこんな。」 自分の隣に席がある橘がつぶやいた。 「そうですね…。あれから次長に連絡ありましたか。」 「いや、何にも。」 「融資部からは?」 「それもない。」 「…それにしても、なんでこのタイミングでこんな派手なことするんですかね。支店長は。」 「ほんなもん分かっかいや。」 窓口業務につきものの検印を押しながら橘は佐竹の問いかけを適度にあしらった。 「…でもな、支店長言っとったがいや。」 「はい?」 「奇襲って。」 「ああ、そんなこと言ってましたね。小さな勢力が大きな勢力に立ち向かうときに有効な手立てって。」 「そんな攻撃誰に向けてすれんて…。そこら辺ちょっと考えてみてみぃや。ああ、高橋さん。この改印届けオッケーね。」 「え…あんまり考えたくないんですが…権力闘争とかってやつですか。」 橘は苦笑いし佐竹を見る。 「それやろうな。」 「…まじですか。」 「マジ。代理、あたりを見回してみぃや。」 佐竹は素直に店内の周囲を見回した。店の一番奥に支店長席。その前に自分と次長。その…

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53,12月21日 月曜日 10時22分 熨子山連続殺人事件捜査本部

53.mp3 「そうですか。その小西とかという目撃者の話によると、穴山と井上は18時の段階ですでに一緒にいたってことですね。」 部屋の一角に設けられた会議スペース。大きなテーブルに様々な資料が雑多に置かれ、その中心に位置する席は主である松永が外出中であるため空席であった。関はその空いた席の横に座り、捜査員から上がってきた情報の取捨選択に暇がなかった。 「目撃された田上から現場までどれくらいの時間がかかるんですか。」 「30分から40分といったところでしょうか。」 「ならば事件発生時刻までの空白の時間が生じる訳ですね。」 関は捜査本部に掲示されている金沢市の地図を眺めた。 「どうですか。熨子山までに彼らが時間を潰しそうな施設などは、この辺りにあるんでしょうか。」 「田上周辺には国立や私立の大学があることから、それなりに商業施設はあります。なので彼らがしばらくこの辺りに滞在していても何ら不自然なことはありません。」 捜査員の一人が関に答えた。 「よし。田上地区のめぼしい商業施設の防犯カメラを調べてください。聞き込みもやりましょう。彼らがなぜ一色に殺されなければならなかったのか、何かの手がかりになるかもしれない。」 「はっ。」 関の指示を受けて捜査員は駆け足で本部をあとにした。 「ほかに穴山と井上に関する情報はないですか。」 別の捜査員が手を挙げた。 「穴山と井上の共通の知人にコンタクトをとりました。」 「どうぞ。」 「あいつ…

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52,12月21日 月曜日 10時35分 喫茶ドミノ

52.mp3 「コンドウサトミって誰ねんて…。」 赤松剛志は誰に言うわけでもなく、コーヒーをすすりながら呟いた。 「自分の頭のなかだけで考えとっても整理できん…。」 そう言うと彼は胸元からヘミングウェイやピカソがかつて愛用していたメモ帳のようなものを取り出して、ペンを走らせ始めた。 ー6年前の事件のことをここに書き出してみよう。 赤松は父親の忠志を中心にしてそこから放射状に人物を書き出し始めた。先ずは6年前の事件の相関関係。マルホン建設とベアーズデベロップメント、そして本多善幸。その構造を知ったのが父。その情報を共有していたのが母の文子。誰が父に直接手を下したかはわからない。警察では事故で処理された父の死だったが、一色は事故ではないと言っていた。キーワードはコンドウサトミという架空の人物。500万の現金は回収されたはずなのに、なぜか再びウチへ戻ってきた。 この辺りまで書きだした赤松は筆を止めた。 ーここだよ…やっぱりここが気になる…。誰が500万をウチに持ってきたんや。 ため息をついて赤松は天を仰いだ。 「誰ですか。コンドウサトミさんって。」 野太い声が赤松の世界に割り込んできた。 「誰や。」 体勢を元通りにした赤松の目の前に、髪を短く刈り込んだ強面の男が立っていた。 「失礼しました。私こういうものです。」 「警察本部捜査2課…。」 「古田と申します。赤松剛志さんですね。」 突然自分の世界に割り込んできたかと…

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51,12月21日 月曜日 10時18分 本多善幸事務所前

51.mp3 駐車場に停めてあった自分の車に乗り込んで片倉は胸元からタバコを取り出しそれに火を着けた。 助手席側には先程まで一緒にいた岡田が座っている。 松永率いる捜査本部とは別に自分と古田が独自の捜査を行なっていることは極秘だ。 このことが露見すると松永の叱責が自分に飛んでくることはおろか、命令を出した朝倉の責任も追求されよう。 一緒に行動している古田も同様だ。片倉は村上から聴取した内容を頭の中で整理しながらタバコをふかした。 「お前、どう思う。」 「どうって言われても、正直課長が何を聞き出したかったのかわかりませんでした。」 「そうか。」 片倉は岡田にタバコを差し出した。 「吸えや。」 「いただきます。」 「お前、目の付け所がいいな。」 岡田はタバコの煙を吐き出して無言を保った。 「あいつ、何か臭う。」 「何がですか。」 「結果的に検問に一回しか引っかってないから、氷見から石川に入ったのは間違いねぇ。しかし。」 「しかし?」 「羽咋から民政党金沢支部までの時間が随分かかっとる。」 「それは私も感じました。…ただよくいるじゃないですか。広い駐車場みたいなところで車止めて死んだように寝とる営業マンとか。あいつも息抜きしたかったんじゃないですかね。」 思いっきり吸い込んだ煙を吐き出して、片倉は吸殻を捻り潰して灰皿にしまった。 「普通の状態ならわかれんて。あいつが。」 「高校の同期が容疑者だって話ですか。」 「ああ。」 「…

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50,12月21日 月曜日 9時30分 本多善幸事務所

50.mp3 「少しだけお話をしたいんですよ。」 本多事務所の受付の女性に名刺を渡して、片倉はその中の様子を伺った。 名刺を受け取った女性はそれに目を落とした。そして怪訝な顔つきでその名刺と片倉の顔を何度か見合わせた。 「どうしました。」 「警察の方なら今村上が対応しています。」 「は?私じゃなくて?」 「ええ。」 ーしまった。帳場の捜査とかち合った。…こうなったら一か八かだ。 「それは失礼。」 そう言うと片倉は女性の手にあった名刺を奪った。 「私はその人間の監督をする立場の者です。事務所の前で待ち合わせて一緒にお話を伺う予定だったんですが、彼は先に村上さんにお会いしてたんですね。大変ご迷惑をおかけいたしました。」 受付の女性は手のひらを返したように態度を変える片倉の対応に苦慮している様子だった。 「で、彼はどちらにいますかね。」 片倉は女性に付き添われて事務所二階の一室の前に案内された。女性がその部屋のドアをノックする。 「今来客中だから。」 憮然とした表情でドアを開けた男に片倉は一礼した。 「だれ。」 「申し訳ございません。私も同席する予定だったのですが遅れてしまいました。」 片倉は名刺を村上に渡した。 「捜査一課課長…。」 「村上隆二さんですね。」 「はい。」 「うちの若いのが先にお話を伺っていると思いますが、私も同席させていただいてよろしいでしょうか。」 村上は片倉の表情と名刺を見比べてどうぞと部屋へ招き入れた。 部屋の応接ソファに腰を…

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49,3年前 8月3日 水曜日 15時13分 フラワーショップアサフス

49.mp3 文子は固唾を呑んだ。 「忠志さんは知ってしまったんです。指定暴力団の仁熊会が公共事業に関する用地取得に深く関わっていることを。それもこの開発目覚しい田上地区に関する用地取得。そしてこれから本格着工される北陸新幹線沿線の用地取得についてです。用地取得にありがちな不正は、地権者が取得者に対して賄賂を送って、その査定に便宜を図るよう依頼するというものです。これだけなら話は簡単です。」 彼女はだまって眼鏡の奥に光る一色の目を見ている。 「忠志さんが知ったのは用地取得に関する複雑な構造だったのです。」 すると一色は自分にお茶うけとして出された3つの最中を文子の前に横一列に並べた。 「左から順番にマルホン建設。仁熊会。そして国としましょう。」 「国の用地取得での当事者における関心事は2つ。ひとつはその承知取得そのものの実施、そしてもうひとつがどの土地が取得対象になるのかということです。そこでまずこのマルホン建設工業が登場します。」 一色は左側の最中を手にとった。 「マルホン建設工業。石川県の地元有力土建会社です。先代社長は現在の衆議院議員、本多善幸です。彼は土木建設業界出身ということもありその分野に関しては深い見識を持っています。またマルホン建設自体が公共事業を生業としていることから、省庁にも顔が利きます。本多は国土建設省の族議員として政界で活躍をします。政務次官や党の部会長などを経てその影響力を高め、国土建設省の政策決定に深く関与して来ました。…

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48,12月21日 月曜日 9時5分 フラワーショップアサフス

48.mp3 桐本家の通夜は今日の19時からとの報が、町内の回覧板からもたらされた。 赤松剛志の頭の中には昨日のうちに桐本家へ弔問した時の光景が巡っていた。 ひとの不幸を知り仮通夜というものに足を運んだことが何度かある。自宅の仏間にその亡骸は安置され、顔には白布が被せてある。遺族と二三言葉をかわして焼香。近しい間柄なら顔を見ていってくれと言われ、その白布をとって対面する。この通常の仮通夜での粛々とした営みが、桐本家では行われていなかった。一枚の紙が桐本家の玄関に貼られていたのみであった。その紙には『通夜 明日19時~ 告別式 22日10時~』と書いてあった。場所はここから最も近いセレモニー会館だった。 赤松は昨日の仮通夜へ駆けつけるかどうか最後まで迷っていた。事件が事件だ。突然のわが子の死を両親が受け入れるには時間がかかる。当の自分でさえそうなのだから。町内会長にも弔問に行くべきか相談したが判断はお前に任せるといわれ逡巡した挙句、訪れようと決めた。だが玄関に貼られた紙を見て赤松は立ち入れない雰囲気が充満する桐本家を前に立ち尽くすしかなかった。 邸内からは泣き叫ぶ声、それと同時に激しい怒号が聞こえた。間もなく勢い良く玄関の扉が開かれ、喪服を着た二人の男が追い払われるように外に出された。その男たちは跪き、雨で濡れた地面に頭をこすりつけるように土下座をしている。 「もうしわけございません。」 二人の男めがけて塩が撒かれる。 「帰れ!!二度と来んなま!!」 声…

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47,12月21日 月曜日 9時56分 喫茶BON

47.mp3 金沢駅構内のテナントスペースの一角にあるBONに、佐竹が銀行員特有の大きなカバンをもって入ってきた。 「あら、佐竹さんじゃない。」 マスターの森は中年の男性であるが、女性のような口調で佐竹を意外そうに見ながら、声をかけた。佐竹は森の言葉には耳を貸さず、店内をひと通り見渡していた。 入り口から見て死角となるところに陣取っていた古田は、入店してきた佐竹に手を上げて合図した。それに気づいた佐竹はようやく森の言葉に反応した。 「ああ、マスター。ちょっと約束があったんだ。」 「あらそう。」 「このことは誰にも内緒でお願い。」 「いいわぁ。で、コーヒーでいいのかしら。」 「あぁそれで。」 佐竹は店の奥にあるテーブル席でメモ帳を開いて座っている古田と正体した。 「おまたせしました。」 「こちらこそ、突然すいませんでした。」 古田は佐竹に頭を下げた。 テーブルに配された灰皿に三本の吸殻を見て古田が喫煙者であることを確認した。 「私も吸っていいですか。」 「おう、佐竹さんも吸われますか。」 「ええ。」 「これは嬉しいですな。ガンガン吸ってください。とかくこの世は喫煙者には肩身が狭いですからね。」 古田は苦笑いを浮かべた。 「いつかは警察の方が来られるだろうと思っていましたが、こんなに早く来られるとは。」 佐竹は勢い良く吸い込んだ煙を吐き出した。 「ほう、どうして我々が来ると思われたのですか。」 「私と一色は何…

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46,12月21日 月曜日 9時05分 金沢銀行金沢駅前支店

46.mp3 今年も余すところ少しとなり、金沢銀行金沢駅前支店の週明け月曜日は朝から混雑していた。 クリスマス向けの現金引き出しで来店する個人客もいれば、年末の差し迫った資金繰りの悩みを抱えてくる企業の経理担当者もいる。時間的なもの、金銭的なもの、多種多様であるが皆一様に余裕が無い。 どうしてこうも日本の年末というのは気忙しいのだろうか。 古田はその落ち着きのない店内に入るやその周囲を見渡した。佐竹康之がここにいるかを探るためだった。 「いらっしゃいませ。どういったご用件でしょうか。」 店内の隅から隅まで見渡している古田を見て、フロアに立っていた女性行員が声をかけた。 現金の入出金や振込はATMで済ませることができる。銀行側にとってはそれを利用してもらうほうが、単純作業だけを行う人員の削減につながる。人と人が顔を合わせて生まれるコミュニケーションもあろうが、そのコミュニケーションは時としてトラブルを招く要因ともなる。単なるオペレーションであるならば人がそれをする必要はない。機械の方が人と比べてより正確で迅速だ。そのため銀行ではこの手のフロアレディがよく立っている。彼女らは手取り足取り機械操作が不得手な連中を相手に、それを教授する。 機械の操作が不得手な老年層にとってはこれは苦行のようなものかもしれない。せっかく自分の資産を預けているのに、それを引き出すたびにわざわざ苦手なものと対峙せねばならないというのか。 「あのー佐竹さんに用事があってきたんやけど。」 「代理…

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45,12月21日 月曜日 9時10分 金沢北署1階

45.mp3 「なんやこれ…すごい人や…。」 北署の前に小西は立ち尽くした。報道関係者が歩道に所狭しと待機している。このあたりではそうも見ない全国ネットのテレビ局の中継車、自らが所属するメディアを証明するための腕章をつけた記者と思われる者たちが通りを行き交っている。 これらの者たちを横目に小西は北署の正面玄関をくぐって目の前にある生活安全課の若い署員に声をかけた。 「あの、すんません。」 「何ですか。」 「えーっと。」 小西が北署にくるのは初めてのことではない。北陸タクシーに勤務してから過去一度だけ人身事故を起こしたことがある。その時にここに来た。幸い相手側は軽傷であり、ちゃんとした事故処理をすればそれで良いとのことだったので、そのまま会社に報告。現在の部長が小西と会社の間を取り持つことで、懲戒免職は免れることとなった。相手側も北陸タクシーの迅速な対応を好感し、事故は円満に処理された。一般の人間が警察署へ行くということはほとんどない。この小西のように事故の関係でやむを得ず行く程度のものだ。特段の事情がない限り縁のない役所である。 今回の小西の北署訪問は昨日明らかになった殺人事件に関する情報の提供だ。その殺人事件の捜査の行方を追いかけるために、この北署に大マスコミから大勢の人員が派遣されている。世間が注目するこの事件の有力な情報になるかどうかもわからない、得体のしれない情報だけをぶら下げてきた小西は一種の恥じらいと緊張をもっていたため言葉に詰まったのだ。 「どう…

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44,12月21日 月曜日 8時45分 県警本部駐車場

44.mp3 「よし勤務先と住所は抑えた。」 そう言うと車に乗り込み、エンジンをかけた片倉は手にしていたスマートフォンを胸元にしまいこんだ。 「便利やなぁ。」 「トシさん、もう紙を持ち歩く時代は終わったんやぞ。」 「ほうか、ワシはいつまでたってもメモ帳や。ちょっとそれ見せぇや。」 「何や。」 「それ、ここに書き写す。」 片倉と古田は、佐竹、赤松、村上の三名の住所と勤務先を仕入れて県警本部の401資料室からそそくさと出た。その際に片倉は書き写していると時間がかかると言って、つい最近手に入れたスマートフォンのカメラでそれらの情報を撮影し、そこに保存した。古田は片倉から手渡されたスマートフォンを慣れない手つきで操作しながら、その情報を愛用のメモ帳に書き写した。 「先ずはどこから行く。」 「兵は神速を尊ぶ。ほやから別々にあたらんか。」 「おう。」 「ワシはこの佐竹と赤松っちゅう奴を当たる。お前は村上を当たってくれんか。」 「わかった。」 「ワシは自分の車を使う。お前もあんまり不在の時間が多いと怪しまれるから、その辺りは注意せいや。」 「じゃあ、先ずはトシさんを一旦家まで送るとするか。」 片倉はサイドブレーキを下ろしてアクセルを踏み込んだ。 「金沢銀行金沢駅前支店か。ワシの家の近くやな。」 「誰がや。」 「佐竹や。」 「あれか。剣道部のムードメーカー的な存在やったって奴か。」 「そうや。とある組織の潤滑油。この手のポジションにある奴がだい…

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43,12月21日 月曜日 8時15分 熨子山連続殺人事件捜査本部

43.mp3 昨日開設されたこの捜査本部には捜査員が始終詰めている状況だった。 松永は捜査本部に入ってからというもの、一睡もしていない。流石に彼の顔に疲労がにじみ出てきていた。 犯人の確保を最優先した検問体制を取るも、めぼしい情報は松永の元には入ってきていなかった。 そんな中、一人の捜査員が気にかかる箇所があるとして、熨子山の検問状況報告書を持って松永と向き合った。 「どうした。」 「昨日の熨子山ですが、一点だけ気になる箇所があるのです。」 「言ってみろ。」 捜査員は資料を松永の前に広げた。そこには熨子山の検問地点を通過した人物のリストが並んでいた。 「ここです。」 捜査員はその中の一人の人物名を指した。 「村上隆二…」 「ええ、本多善幸議員の秘書です。」 疲れ眼の松永の目に鋭さが戻った。 「これがどうかしたか。」 「有力者の秘書ということで、ちょっと気にかかったのです。」 「それで。」 「私の方で現場に聞いてみたところ、富山県の高岡の方で党の会合があるということで、この道を利用したそうです。確かにこの県道熨子山線は金沢から高岡までの最短ルートでした。しかしこちらから民政党高岡支部へ何の会合があるかと聞いたところ、そのような会合は無いとのことだったのです。また、この村上という男は高岡支部へ顔を出していません。」 松永はリストに書かれている検問時刻を見た。 「昨日の11時50分か…。」 「理事官が山狩りを指示され、13時…

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42,12月21日 月曜日 7時45分 金沢銀行金沢駅前支店

42.mp3 支店長の山県を前にして、20名いる行員が二列横隊で並んでいる。支店長代理の佐竹はその中央に居た。 山県は先週の総括、そして今週の動きについて自分の考えを述べる。彼の話は簡潔だった。 今期の金沢駅前支店の預貸金の実績は順調だ。今後はその中身、すなわち不良な債権を処理するべく行動をして行って欲しいとのことだ。そして土曜日に結婚をした服部を指名し、職員を前に簡単なスピーチをさせた。軽くジョークを挟んだ内容に、週明け月曜日の駅前支店の重たい雰囲気は和んだ。 結びに山県は熨子山連続殺人事件を引き合いに出して、年末であるため、銀行としても特別警戒体制をとって万が一に備えよと指示を出し、朝礼は終了した。 「次長、代理ちょっと。」 話し終えた山県が佐竹と次長の橘に向かって手招きをした。山県と二人はそのまま店の奥にある応接室へ入った。 「土曜日はご苦労さん。」 応接室のソファに深く腰をかけ、山県は煙草に火をつけた。 「支店長もお疲れ様でした。」 次長の橘はそういって山県に続くように煙草をくわえた。佐竹は橘の横に座って二人のやり取りを聞くスタンスを取った。 金沢銀行は全店禁煙である。しかし応接室だけは違う。客をもてなすという位置づけで九谷焼の灰皿が配されていた。 ヘビースモーカーである山県にとってはお堅い仕事場の唯一の心の拠り所でもあった。無論この応接室での喫煙が職員全員に許されている訳ではない。山県と一緒にこの部屋に入るときだけに許される行為だった。…

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41,12月20日 日曜日 21時12分 中華料理 談我

41.mp3 金沢のオフィス街南町。その裏通りから一本横に逸れた場所に談我はあった。 このあたりは金沢の金融機関が軒を並べており、談我はこれらの業界関係者の御用達となっていた。 創業20年。外観は古ぼけたよくある近所の中華料理屋の体であるが、その客足は途絶えたことはない。 日中はこの南町を本拠とし、金融機関たちは鎬を削る競争を繰り広げている。 しかしそれは食を楽しみ、酒を飲む場である談我においては関係がなくなる。 背広という戦闘服を纏った男達が日中の気忙しさから解放され、身も心も開放的になり同業同士の情報交換を行う場所として談我は利用されていた。 しかし今日は日曜日。金融関係者の姿は見受けられなかった。 「マスター、もう一本もらえる。」 店のカウンター席に座り店主と向い合って、銚子の首の部分を指でつまんで、ぶらぶらとさせている男がいた。 「村上さん、どうしたんですか。」 「あん?」 「そんなに飲める口でしたっけ?」 そう言いながらも店主は熱燗の準備をしている。 「あのねぇ…俺だって飲まなきゃやってられんのよ…。」 「大丈夫ですか。ろれつが回ってないですよ。」 「ああ、そう。」 ここの名物である餃子に箸をつけて村上はそれを頬張った。 「はい熱燗。」 「ったくよぉ。なんだってんだよぉ。外野がぐちゃぐちゃ言ってんじゃねーよ。」 「仕事のことですか。」 「マスターには関係ない。あんたは立派だ。20年もこの店を切り盛りしとる。」 …

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40,12月20日 日曜日 19時32分 古田宅

40.mp3 古田と片倉は今後の捜査について綿密に打ち合わせをしていた。 一色の高校時代の交友関係を当たるためには、彼らの情報を仕入れねばならない。県警に戻ってそれらを一旦整理したいが、自分たちがこそこそと水面下で動いていることが松永たちに露見すると、厄介なことになる。今日は自分たちの頭の中を整理することとし、明日の日勤時にさりげなくそれらの情報を取得することにした。 「しっかし、なんでまたこんな事件が起こるんや。」 片倉はごろりと畳の上に転がった。 「ほやからあいつは好かんかったんや。ウチを引っ掻き回すだけ引っ掻き回して、このありさまや。ほんとにキャリアってのは好かんわ。松永も一色も同類や。」 「片倉ァ。ほんなこと今さら言うなや。」 「だから俺はさっさとこの仕事辞めたかったんや。なんか大きな災厄が降りかかってくる気がしたんや。」 「だら。」 「あん?」 「だらやお前。いつからそんな腐った男になったんや。」 「なんやて。」 「いくらでも言ってやるわ。お前、いま県警が置かれとる立場わかっとらんげんろ。前代未聞の信用失墜や。そんなお家の一大事のときに、捜査の最前線の陣頭指揮を執るべき人間が、間違ってもそんなこと口にするんじゃねぇわいや。お前がなんで今捜査一課の課長を拝命しとるか、いっぺんでも考えたことがあるんか。あん?」 「…。」 「お前が一色のことをよく思ってなかったのは分かる。事実お前はいろいろ一色に意見した。…ほやけど今までにあいつがお前に何か…

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39,12月20日 日曜日 19時48分 佐竹宅

39.mp3 帰宅した佐竹の心中は穏やかではなかった。 ーなんで赤松の母さんは、俺に一色のことなんて聞いたんだ。俺は一色とは何の関係もない。赤の他人だ。俺は何も知らない。何も関係がない。あいつが悪いんだ。あいつが全部悪い。 佐竹は冷蔵庫を開け、そこに入っていた缶ビールを一気に飲んだ。 ーまさか…俺…疑われているのか…。 ふと動きを止めて部屋に飾ってある高校時代の写真に目をやった。写真の先にある赤松の表情は笑顔だ。 ーいや、そんなはずはない。 再度、佐竹はビールに口をつけた。 赤松文子から唐突に自分と一色の関係を尋ねられたことに、混乱と一種の憤りのようなものを佐竹は抱いていた。 ー一色くん…。くん?…赤松の母さん、一色のこと君付けで呼んでたよな。なんで自分のところのバイトを殺した一色のことをそんな呼び方するんだ? 飲み干した缶ビールを握りつぶした。 ー考えすぎだ…。 佐竹は自分の精神状態が穏やかでないことは知っていた。 高校時代の同級生が連続殺人事件の容疑者として世間を騒がせている。その容疑者は縁もゆかりもない存在ではない。高校時代はむしろ密接に彼と関わってきた。 そうであるがために、一色の存在は自分の心に影を落としている。気を紛らわせるためにも村上と連絡を取り、そして赤松とも直接会った。 アサフスで目にした山内美紀の魅力に心奪われはした。しかしいま冷静に考えてみると、自分は本当に彼女に好意を抱いているのだろうか。ひょっ…

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38,12月20日 日曜日 18時32分 古田宅

38.mp3 「鍋島惇。」 「まさか。なんでここであいつが出てくるんや。」 「ふっ、なんでって、しゃあねぇやろ。高校時代の同級生やからな。しかも奴さんは高校時代の戦友と来たもんや。繋がってしまったからにはどうしようもない。」 「でも、この鍋島は熨子山のヤマと関係あるんか。」 「さぁ、それは分からん。そいつはこれからの捜査次第で関係性が出てくるかもしれんし、まったく関係がないかもしれん。とにかく、一色の周辺を洗っとったらこんなもんが出てきましたってことや。」 「トシさん…あんた情報集めてくるのは良いんやけど、頭こんがらがってこんか。」 「だら、これが仕事やろいや。」 4年前、金沢市内のとある私立病院をめぐって横領事件が発生した。 経理担当の病院職員が診療報酬を水増しして国に請求し、その差額分を横領するというものだった。 この捜査にあたっていたのが古田であった。被疑者である病院職員はすぐさま逮捕されたが、その使徒がなかなか判明しなかった。当初はギャンブルですったとか、散財したとかその男は話していたが、裏が取れなかった。古田のスッポン捜査で被疑者の周辺を虱潰しにあたっても彼が散財した形跡を見つけることはできなかった。 そこで疑念を抱いたのが当時捜査二課課長として赴任してきて早々の一色だった。 現金だけが領収書もレシートも目撃者も無く跡形もなく消えている。しかもその横領金額は5億円。何回かに分けて横領されていたことはわかるが、忽然とその大金が消えていることが腑に落ち…

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37,12月20日 日曜日 18時10分 古田宅

37.mp3 「部長と穴山と井上の接点というのは、こんなところや。」 「ふーん。…やるかやらないか…それが問題ってか…。」 「ああ。」 「んで、殺っちまったってか…。」 片倉は手にしていたノートを一旦畳んで、天を仰いだ。 「よしトシさん。要点を整理しよう。」 「ん?」 「一色は穴山と井上に何かしらの制裁を加えたかった。」 「うん。」 「そしてその制裁にはスピードが必要やった。」 「そうや。」 「仮に今回の事件がその制裁やったとせんけ。憎き豆泥棒(性犯罪者)は死んでめでたしめでたし。ほやけどスピードって点でどうや。」 「そうやなぁ、決して早いとは言えん。」 「穴山と井上を首尾よく殺したんはいい。だが、その後の桐本由香と間宮孝和はどうなる。こっちの方は一色と接点が見いだせん。」 ふたりとも黙ってしまった。 「片倉、ワシも初めは今のお前のように考えた。でも接点とかこだわっとると、なかなか自分の中のストーリーが展開していかんがや。」 そうならそうと先に言えと言わんばかりの憮然とした表情で、片倉は古田を見た。古田は片倉の顔を見て失笑し、話を続けた。 「すまん。まぁ聞いてくれや。さっき北高に行ってきたんや。」 古田は背広のポケットから幾重にか折りたたまれた何枚かのコピー用紙を取り出して、畳の上にそれを広げた。 「卒業アルバムの写や。全部で12枚ある。」 そのコピー用紙一枚毎に一名の卒業生の顔写真がコピーされていた。それぞれ写真の…

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36,12月20日 日曜日 18時28分 県警本部前

36.mp3 「あれか。」 アイドリングをしていた車のエンジンが切られ、中から男が二人現れた。 ひとりは身の丈180センチはあるかと思われる体格のよい30後半か40前半の男。彫りの深い彼の顔つきと体格はどこか日本人離れした様子だった。一般的には男前と言われる部類の容姿を持っている。ゆっくりとした動作のひとつひとつが、直江に威厳を持たせていた。 一方、もうひとりの男は彼と対照的だった。身長165センチほどの彼は小太りだった。胴長短足の典型的な日本人の体型をしている。高山の表情はどこか柔和であり、他人の警戒感を解きほぐす不思議な魅力を持っているようだった。親しみを覚えるその表情は、おそらく彼の肉付きの良さそして垂れ下がったその目つきからくるものなのだろう。直江と比べて、高山のほうが年齢は若く見えた。 「おおっ寒い。」 高山は車の外に出た途端、身震いをした。 直江は彼の言葉に耳を貸さない。彼は少し身をすくめるだけで、そのまま県警の正面玄関の方へと足を進める。直江と高山とでは歩幅に歴然とした差がある。高山は直江に離されまいと小走りに続いた。 正面玄関から手に鞄を持った痩身の男が現れると、玄関前に立っている警官が機敏な動作でその男に敬礼をした。彼それに軽く応えては正面に待たせてある黒塗りの車両に乗り込もうとした。 「朝倉本部長ですね。」 自分の名前を呼ぶ声に朝倉は振り向いた。 「東京地検特捜部です。」 直江と高山の二人がコートを着た姿で立ってい…

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35,12月20日 日曜日 17時20分 古田宅

35.mp3 県警本部から車で10分離れた金沢駅の近くに古田が住むアパートがあった。 築15年。古田は離婚後、この木造二階建ての質素な作りのアパートに引っ越してきた。 2DK、畳式の間取りは、古田ひとりが生活するには充分のスペースである。 このうちの一部屋は古田の趣味でもある仕事部屋に割り当てられている。 捜査に関する資料を外部に持ち出すことは禁じられているが、個人的に書き留めたメモ類であるとして古田はそれらを自宅に保管していた。 無論このメモを見ることができる者は彼以外にない。 古田のメモ魔ぶりは県警内部の一部では有名だった。 聴取する古田の手には必ずメモ帳があり、話し手の一言一句も逃さぬように書き留めた。捜査に対する執念深さもそうだが、このメモ魔ぶりが彼をスッポンの異名を持たせる所以でもあろう。古田は部屋に吊り下げられた電灯のひもを引っ張ってその部屋の電気をつけた。 「こらぁすげぇわ。」 灯りによって明らかになった室内の畳に散乱するメモ帳やノートの量に片倉は立ちつくして驚嘆した。 「トシさん。これ、どれから手ぇ付ければいいんや。」 片倉は半ばあきらめ口調で古田にいった。 「先ずは今回のガイシャから行ってみようか。」 そう言うと古田は畳の上にどっかと腰をおろし、一枚の分厚いノートを片倉に差し出した。ノートの表紙には7月備忘と記されている。古田のメモは今まで誰も読んだことがない。門外不出の捜査資料だった。片倉と古田は旧知の仲ではあるが…

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34,12月20日 日曜日 17時30分 フラワーショップアサフス

34.mp3 開発が進んでいるとは言え熨子山の麓に位置する田上は、金沢の中でも雪深い地区であった。車の窓から外を眺めるとアサフスのある一帯は一面銀世界となっていた。 アイドリングしたままの車内にいる佐竹はアサフスに入店する機会を伺っていた。駐車場には彼の他に1台、客のものと思し召しき車両が止まっていた。 客が店を離れるのを待ちながら、ふと彼は思った。 ーさっきもこの店に来て、今またここに来るなんて不自然じゃないか? 冷静になって考えて見れば、佐竹のこの気づきは至極当然のこと。 先程は旧友に会いに来たついでに、社交辞令的に花を購入した。 その理由は対応してくれた女性店員があまりにも魅力的であったためだ。 彼女に接近するきっかけを得ただけで急に馴れ馴れしく接しようというのは不自然極まりない。 不自然な言動はかえって相手に疑念を抱かせることになる。 それにアサフスは桐本由香の死をうけて、日常を保っている状態ではない。 こんな時に手土産持って、再度お伺いというのは空気を読めない行動の最たるものではないか。 先程と同じく客がいなくなるのを見計らって店に入ろうとしたが、ここで佐竹は浮き足立っている自分と向きあって立ち止まった。 功を焦るあまり必敗の地へ誘われ、見事討ち取られた先人たちの姿が、ふと彼の脳裏に浮かんだ。 ー焦るな 佐竹は自分に言い聞かせた。しかし一方で自分の行動を擁護する自分がいることにも気づく。 兵法に「天地人」という言葉がある…

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33,12月20日 日曜日 17時12分 金沢駅

33.mp3 はくたか13号が金沢駅に進入してきた。時刻は17時12分。到着時刻は17時13分であるから定刻通りだ。 東京から北陸までの電車での道程は一般的に新潟周りの路線が選択される。 東京から越後湯沢までは上越新幹線。その後特急はくたかに乗り換える。 はくたかに乗り換えてしばらくして、雪のため運行ダイヤが乱れるかもしれないとの車内アナウンスがあったが、日本の交通インフラは世界に冠たるものだ。 電車は金沢駅のホームに滑り込む。最終的には一分の狂いも無く金沢に到着することができた。 学生風の若者は携帯音楽プレーヤーのイヤホンからシャカシャカと音を漏れさせながら、窓からホームの様子をのぞき込んでいる。 ビジネスマン風の男はおもむろに携帯電話を取り出しどちらかにメールを送っている。この車両乗降口に直江はいた。 彼が立つ3両目と4両目の連結部の乗降口には彼を含めて三人の男が立っていた。 ひとりは疲れたスーツを着たサラリーマン風の男。もうひとりは直江とともに金沢にやってきた高山であった。 電車が止まり、ドアが開いた。人気のないホームにアナウンスが響く。 「終点金沢、金沢です。お忘れ物のないようにご注意ください。ご乗車ありがとうございました」 直江と高山はサラリーマン風の男の後に続いた。二人は無言のまま改札口まで向かった。金沢駅の改札口は有人であった。 改札を抜けると目の前に駅ナカのコンビニが見えた。 「直江さん、腹減りませんか。」 「そうだな、…

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32,12月20日 日曜日 17時03分 金沢駅付近

32.mp3 混み始めた幹線道路に一台のトラックが走行している。 ウィンカーを出すタイミングとハンドルをきるタイミングが極端に短く、大きな車体を乱暴に操りながら車の間を縫うようにそれは走っていた。 傍目から見ればかなり乱暴な運転である。 「あの…」 助手席にいた美紀が不安そうに口を開いた。が、運転席の赤松は無言である。 「危ないと思います…。」 美紀がそういうのも無理もない。 赤松がハンドルをきる度に車体が傾き、遠心力で彼女の華奢な体がシートの座面を滑るほどである。 赤松は彼女の言葉に反応を示すこと無く、ただひたすら前を向いて無言で運転している。焦っている様子はない。無表情に近かった。 普段は美紀に気さくに話しかけ、丁寧な運転をする彼であるだけに彼女は不安になった。ヒヤッとするたびに両足に精一杯の力が入ってしまう。 「…社長。わたし、何か失敗しましたか。」 信号待ちとなり、ふと助手席に座っている美紀の顔を見ると、目に涙を浮かべ今にも泣き出しそうだった。それを見て赤松は我に帰った。 ーしまった…。桐本さんの娘さんのことがあったってのに、俺といったら…。 「すまん…。」 信号が青になった。発信するときの彼のクラッチの繋ぎはいつものようにスムーズなものになっていた。 「君には一切関係の無いことや。俺が悪かった。謝る。」 赤松の頭は母の文子から聞かされた、父親の死の真相でいっぱいだった。 いや、真相かどうかは分からない。母…

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31,12月20日 日曜日 17時16分 民政党石川県支部

31.mp3 村上は民政党石川県支部の三階にあるホールの外にいた。受付に置かれたパイプ椅子に腰をかけて彼は携帯電話を触っていた。 ホールの中では本多善幸が支援者に対して、国土建設大臣就任の挨拶を先ほどから述べている。 「村上君。」 パリっとした身なりの小柄な男は村上の前に立って声をかけた。 「あっ専務。」 村上は慌てて携帯電話をしまい、彼の前に直立不動に立った。声をかけてきたのは本多善幸の実弟、本多慶喜だった。 「ああ、いい、いい。君も疲れているだろ。座ってなさい。」 そう言うと男は村上の隣に座った。 「恐れ入ります。」 「とうとうここまで来たな。」 「はい。」 「やはり今日は多いな。」 「はい。先生に対する期待の現れです。」 慶喜はふっと笑みを浮かべた。 「いや、地元選挙区で兄貴の代わりに飛び回ってくれた君を始めとする、優秀なスタッフがいたからこそだと俺は思う。」 「ありがとうございます。」 「あのな、小松空港で兄貴と話をしていたんだ。そろそろ我が党も新しい候補者を出さんといかんってな。」 村上は本多慶喜の言葉を聞いて身構えた。 「君も知っているだろう。石川3区の件だ。」 石川3区は奥能登の珠洲市から金沢市北部に隣接する津幡町や内灘町までの能登地区を中心としたエリアである。 小選挙区制が導入されてから、与党民政党は勝ち続けた。特にこの石川3区においては負けなしの実績を誇っている。 しかし、近年の不況を…

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30,12月20日 日曜日 16時50分 金沢市香林坊

30.mp3 石川の流行と活気の集積地である香林坊に佐竹はいた。 クリスマスという時期はだれかに何かをプレゼントする時期。ただそう言う理由だけで先ほどまで女性に人気のプレゼントについて調べていた。 ネットが教えてくれたのは彼女らがもらって嬉しいプレゼント第一位は指輪だということ。 彼氏や意中の人から貰うという前提があるのだが…。 ほんの数時間前に佐竹はアサフスで山内美紀という女性に出会った。彼はこの女性に一方的に惹かれた。 ついさっき初めて会って、ひと言言葉を交わしただけの関係。こんな関係性で貴金属類のような高価なプレゼントを渡すのは相手にとって押し付けがましく、重い。嫌われる事てきめんである。バッグや財布等といったものも同じだ。 その他に何か気の利いた良いものはないかと佐竹はこの香林坊に来たのだが、ヒントは得られなかった。 つまり佐竹にとってそういったプレゼントを渡すのは時期尚早であるという事である。 香林坊にきてようやくその事に気づいた彼は、クリスマスを控えて活気づく街を眺めながら歩いていた。 一軒の洋菓子店の前を通りがかった。古くからあるような店構えで、若年層や最近の流行に媚びる様子は見受けられない。 「洋菓子・ケーキ」と飾りっけのない丸ゴシック体のような書体をペンキかなにかで直に書いた様な看板がかけられていた。 ―せっかくだからケーキでも買って帰るか。 そう思って佐竹はその洋菓子店に入った。 店には誰もいなかった。店内は外観とは違…

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29,12月20日 日曜日 16時42分 熨子山連続殺人事件捜査本部

29.mp3 「大変です。」 ひとりの捜査員が血相を変えて勢い良く捜査本部に入ってきた。 「何だ。手がかりが見つかったか。」 自分の頭の中をツリーのように書き出したホワイトボードと向かい合って座っている松永は右手に持ったマーカーをくるくると回しながら、ぶっきらぼうに言った。 「いえ、新たに被害者が出ました。」 松永の手が止まった。 「何だと。」 「先ほど七尾中署から連絡があり、顔面を鈍器のようなもので複数回殴打された遺体を発見とのことです。」 「顔面をか。」 「はい。死因と身元を特定するために、現在、金沢の石川大学医学部付属病院へ遺体を搬送中とのことです。」 「いつ到着予定だ。」 「18時半ごろです。」 「詳しい犯行現場は。」 「七尾市街地のとあるアパートの一室だそうです。」 「第一発見者は。」 「分かりません。電話での通報です。『人が死んでいる』と言って一方的に電話を切ったそうです。男の声だったようです。」 松永はゆっくりと立ち上がって拳を強く握りしめた。そしてその拳を目の前のホワイトボードめがけて叩き付けた。 ―奴だ。一色が通報したに違いない。 「くそっ!!」 捜査本部の捜査員たちは手を止めて、松永の方を見た。 「矢継ぎ早にコロシか。そうか、捜査を攪乱するつもりだな。おもしろい。やれるもんならやってみろ。お前がコロシをすればする程、手がかりは多くなる。」 松永はホワイトボードに貼付けてある一色の顔写…

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28,12月20日 日曜日 15時48分 県警本部内

28.mp3 「あぁトシさんか。捜査の方は進んでるか。あのな、未明の遺体の身元が分かった。メモとれるか。」 「はい大丈夫です。控えられます。」 「ひとりは穴山和也23才。住所は銚子。もうひとりは井上昌夫これまた23才。住所は土清水だ。」 「穴山と井上…。」 古田の反応にかなりの間があった。気になった本部長の朝倉はそれについて問いかけた。 「どうした、トシさん。」 「…本部長。」 「何だ。」 「申し訳ございません。」 「は?」 「私、本部長に報告しておりませんでした。」 「トシさん。俺はあんたの言ってることがよく分からんが。」 「その名前、知っています。」 「あぁ、もう知っていたか。」 「いえ、違います。その男らの名前は三年前から知っています。」 刑事部の一角に設けられた来客用のスペースにあるソファに腰をかけ、そこに配された固定電話から電話をしていた朝倉は、自分と向かい合って座っている片倉の方を見て動きを止めた。 「なんだと。」 片倉は朝倉の表情を見て何か重要な情報が電話の向こう側からもたらされそうなのを察し、とっさに電話のスピーカボタンを押した。 「その二人はレイプ犯です。三年前、当時二課の課長だった一色の交際相手を強姦したと思われる男たちです。」 朝倉と片倉は驚きの表情でお互いの顔を見合った。 「そんな話、こっちまで上がっていないぞ…。」 「本部長、この件は事件になっておらんのです。」 「まさか…親告されていないか…

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27,12月20日 日曜日 15時00分 金沢北高等学校

27.mp3 金沢市北部の熨子山麓に位置する金沢北高は、文武両道を校訓とした厳格な校風の私立高校である。 どこの学校にもありそうな校訓であるが、ここはを堅実に実践し、その成果を挙げていた。 日本で最も偏差値が高いと言われる東京第一大学に、毎年卒業生を複数名送り込み、片やインターハイに出場する程の実力をもった部活動も数多く存在する。 標語だけが一人歩きするような学校ではなかった。 金沢北高では挨拶、身なりなどの規律面で校則に反したことがあれば、厳しく処分される。 また、先生や先輩の指示は絶対であり、それに背いた者には容赦ない制裁が科せられることとなっている。 このような昔ながらの軍隊的な校風にも関わらず、結果として実績を出しているので、人々はその校風を公には批判しなかった。 だが、近年ゆとり教育なるものが国の施策として採用されてから、保守一本の北高の校風を嫌ってか、受験生やその親たちがこの高校を敬遠するようになってきており、その影響で北高は厳しい経営状況にあった。 今日は日曜日だというのに、校舎に活気があった。 職員のものと思われる自動車も複数止まっている。きっと生徒の部活を監督するために休日でも出勤しているのだろう。 「すいません。誰かおられますか。」 正面玄関につけられたインターホンに向かって、古田はぼそぼそと声を発した。 「警察です。ちょっとお時間いただけませんか。どなたでも結構です。」 しばらくして「どうぞ。」と言う声が聞こえ、正面玄関…

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26,12月20日 日曜日 15時00分 七尾市街地

26.mp3 能登半島は海岸線が複雑に入り組んでおり、その景観の良さから観光スポットとして人気がある。 石川県外の方は、能登と言えば荒々しい男の海の風景を連想されるだろうが、それは外浦と言われる日本海側の海の事であり、内浦と言われる富山湾側の海はそれと反して穏やかで女性的な表情を持っている。 七尾市は内浦に面している。 能登島という島をもつ能登半島の中央部の都市であり、能登地区の中心都市としての性格を持つ。 地形的にも農林水産業が主たる産業となっており、そこから派生する二次産品や加工品が主な産業となっている。 また和倉温泉を中心に温泉場が多いのも特徴である。 この七尾市の市街地にあるアパートに男は住んでいた。 間取りは1DKと狭い。 部屋に敷かれた畳の色は最近張り替えたのか、青々としたい草の色そのもので、仄かに香っていた。 男はその部屋の中心にあぐらをかいて座り、背筋を伸ばし、肩の力を抜いて、両手のひらを上に向け重ね合わせ、その親指を触れるか触れないかのぎりぎりの線で静止させていた。 まるで禅僧のようである。 彼は部屋に唯一ある窓と向かい合って、目を瞑り、その呼吸を整えていた。 部屋の中には何も無い。テレビもラジオも冷蔵庫も電子レンジも。あるのは男の身一つと毛布だけだった。 インターホンが鳴った。 先ほどまで隣の部屋で何かの物音がしようが、外で犬が鳴こうが微動だにしなかった彼だったが、ここではじめて目を開いた。 そしてすっくと立ち上が…

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24,12月20日 日曜日 14時05分 佐竹宅

24.mp3 アサフスで購入した花が入った箱を手にして自宅に帰ってきた佐竹は、それをダイニングテーブルの上に置いた。 花が入った箱を丁寧に開封すると子豚のかたちの鉢に三種類の花が奇麗に収まっていた。 佐竹は花に関する知識は持ち合わせていない。だから、それらの花がどういった種類のものなのか分からない。彼の部屋には植物の類いは一切なかった。あるのは雑誌書類、パソコン、テレビ、その他家電、家具といったもの。この実用性のみを追求した部屋に植物が加わるのは異色であった。 だがそう言った環境だからこそ、花の存在感は大きかった。 テーブルの端に置かれたノートパソコンを開き、「12月 花」で検索をかける。そして上位に表示されたサイトを見た。眼の前の花とサイトを見比べて佐竹は子豚の鉢に収められているのは黄水仙、雪ノ下、プリムラである事を知った。 ーへぇ。そんな名前なのか、これ。 佐竹は花の説明と合わせて書かれている花言葉に目をやった。 黄水仙(キズイセン) 愛にこたえて 雪ノ下 切実な愛情 プリムラ 永続的な愛情 全ての花言葉に愛という言葉が入っている。それに気がついた佐竹は少し熱くなった。 ふらっと訪れた一見客。花をくれと言ったら愛があふれる花を提供された。もしやあの山内という女性、こちらに気があるのか?などと自分にとって非常に都合のいい解釈をしたのである。 しかしよく考えてみれば、この時期に花をプレゼントする状況というものは限られてくる。店に飾ってあ…

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25,12月20日 日曜日 13時52分 フラワーショップアサフス

25.mp3 外を見ると先ほどまで振っていた雪は止んでいた。 アサフスに面した山側環状線では、断続的に何台ものパトカーが熨子山方面へ向かっていた。ついさっきも機動隊の車が走っていった。異様な光景だ。 何か事件に展開があったのだろうかと赤松はテレビをつけた。しかし事件の続報を報じる局はなかった。サスペンスドラマやバラエティ番組の再放送、テレビショッピング等、日曜の日常がそこにあった。テレビのスイッチを切った赤松は店内の時計を見た。 時刻は13時52分。15時頃には葬儀会場の方へ行って、飾り付けを始めなければならない。 ―もうしばらくしたら、出んとな…。 心の中でそう呟いた赤松は、ふさぎ込んだ綾がいる二階の寝室へ向かった。彼女はベッドの中に潜り込んでいた。 「綾。」 返事が無い。 赤松は彼女のそばに寄って、再び声をかけた。しかし返事が無い。彼は返事を期待せずに話しかけた。 「今日は葬儀会場に美紀と行ってくる。…辛いと思うけど、店番頼めっかな。」 綾はベッドの中でごそごそと動いて、返事のようなものをした。 ―だめか。仕方が無い。母さんに頼もう。 赤松は静かに寝室のドアを締めて階段を下りたところにある和室の襖を開けた。老眼鏡を掛けた文子が新聞を広げて読んでいた。 「母さん。」 「何だい。」 「ごめんやけど、店番頼めっかな。」 文子は新聞紙に目を落としたまま赤松に答えた。 「いいけど、綾さんはどうしたんけ。」 「あ…

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23,12月20日 日曜日 13時08分 熨子山連続殺人事件捜査本部

23.mp3 「未明のガイシャの身元が判明しました。」 察庁組だけが残る捜査本部に関が入って来た。捜査データを分析をしていたスタッフは手を止めて関の方を見た。 「報告しろ。」 「はい。ひとりは穴山和也。23才男性。住所は金沢市銚子。地元ガソリンスタンドに勤務する男です。県外出身者であり、アパートに一人暮らしをしていたようです。勤務先のガソリンスタンドの店長が、出勤日のはずなのに連絡がつかないとの事で警察に届けがあり、本人の特徴等を照らし合わせた結果、身元が判明したものです。」 「ほう。で、もうひとりは。」 「はい。もうひとりは井上昌夫。こちらも23才男性。住所は金沢市土清水。地元繊維会社に勤務する男です。今日の10時頃、同居人である女性から警察に捜索願が出され、特徴等を照合の結果、本人であると判明しました。この井上も穴山同様、県外出身者です。」 松永は関の報告を受けて、几帳面にA3サイズのコピー用紙にフェルトペンで相関図のようなものを書きながら、関に質問をする。 「あー、二人の関係は。」 「調べましたところ、二人とも香林法科大学の同期生であるということです。」 松永は二人の名前を一本の直線で結びつけた。そしてその直線の中心からさらに一本の線を引き一色の名前を書いた。穴山、井上、一色の三名が英字のTで結びつけられる。 「で、この二人と一色の関係は。」 「それが、全く分かりません。」 松永はペンを置いて、腕を組んだ。 「現在は両者の携帯電…

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22,12月20日 日曜日 11時48分 県道熨子山線 熨子町集落周辺

22.mp3 熨子山の登り口にあたる熨子町の集落周辺は、松永率いる捜査本部の指示で検問の体勢をさらに強化する事となった。1時間前には3名の警官が検問にあたっていたが、さらに補充され6名の人員が検問にあたっていた。 熨子町に唯一アクセスできる県道熨子山線は石川県と富山県を結ぶ生活道路でもある。そのため事件後もいつもどおり石川・富山の双方からの往来があった。このように交通量が多い道路を完全封鎖するのは難しい。そのため警官の補充を持って検問体制の強化を図ったのだ。 事件現場から最も近い熨子町の集落では、所轄捜査員が全軒対象の聞き込み捜査を行っていた。当時の車の通行状況や、不審な人物の目撃情報を中心に尋ね歩いていた。 さすがに山である。平野部ではちらちらと舞っていた雪も、ここではうっすらとではあるが積もりはじめていた。 検問の任にあたっている、警官たちは寒さに身をすくめながら、時々この場所を通過する車輌を止め、検査していた。 一台のSUV型の車輌が石川県側からこちらに向かって来た。警官が警棒を高らかに上げ、止まるように合図する。車輌は減速し、警官の指示通り停車した。 「おつかれさまですー。どちらにいかれるんですか。」 警官が運転手に声をかける。 「ちょっと、高岡の方に用事があって。」 「そしたら、免許証見せてもらえます。」 男は車のギアをパーキングに入れ、サイドブレーキを引き、助手席に置いてあった鞄の中からそれを取り出して警官に渡した。警官は老眼な…

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21,12月20日 日曜日 12時22分 熨子駐在所

21.mp3 「よう。」 駐在所の奥にある畳が敷かれた休憩室で横になって、うとうととしていた鈴木は、不意を討つ来訪者に睡眠を妨害された。彼は目を擦りながらその身を起こし訪問者の方を向いた。 「なんや、トシじゃいや。」 「おう、お休み中すまんな。」 熨子駐在所を訪れたのは、捜査二課の古田だった。 彼は休憩室に上がり、その畳の上にあぐらをかいて座った。 「どうしたんや。急にこんなとこに来るなんて。」 「まぁ、お前に直接、いろいろ聞きたい事あってな。」 古田と鈴木は昔なじみの同期の間柄である。どちらも年齢は59才。来年には定年を迎える年だ。だが、彼らの警察における階級は異なっている。古田は県警本部勤務の警部であるのに対して、鈴木は駐在所勤務の巡査部長だ。 この同期の二人になぜこれだけの階級の開きがあるかと言えば、それはひと言で説明すると、その生き方に要因がある。 二人とも高校卒業後から警察官としての職務を担っている。古田は元々、公務員採用制度に疑問を持つ人間だった。受験できる採用試験は学歴によって区別され、スタートラインも違えば、その出世の終着地点も違う。学歴が全てのこのシステムになんとか風穴を開けたいとの気持ちが、彼を「スッポン」の異名を持たせる程にさせた。ノンキャリでもやればここまでできるという手本を示したいという目標があったため、昇進試験を積極的に受けて警部まで昇進した。 一方、鈴木の方は地域密着の交番勤務の仕事を続けたいために、管理の仕事が…

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20,12月20日 日曜日 11時00分 金沢北署「熨子山連続殺人事件捜査本部」

20.mp3 北署の大会議室に設けられた「熨子山連続殺人事件捜査本部」には捜査員が集結していた。 上座には松永を中心とした幹部組10名がずらりと並び、それと向かい合うように県警本部および所轄の捜査員総勢60名が座っていた。 上座の中には本部長の朝倉と警備課長の三好、金沢北署署長の深沢の三人の姿も見える。張りつめた空気の中でキャリア組とノンキャリア組がひとりひとりの顔を確認するかのように視線を動かしていた。捜査一課の片倉は松永の隣に座り彼の表情を横目で見ていた。 「それでは定刻となりましたので、始めます。」 上座に座っていた主任捜査官が240平方メートル程の大きさの大会議室内に響き渡る大きな声で会議の開会を告げた。 「今日から本件捜査の指揮を執る松永だ。」 挨拶すらせず松永は切り出した。 「事件発生から半日を過ぎることとなったが、現在、マル秘(被疑者)の行方に関わる情報はこの場に一切もたらされていない。」 松永は自分の前に座る捜査員全体をゆっくりと見回した。おおよその捜査員は渋い表情である。中にはうつむいて彼と目を会わせないようにする者もいた。 「三好警備課長。」 「はい。」 三好は46歳で松永より年齢は上であるが、階級は下である。 「検問状況を報告しろ。」 松永は三好の顔を見ずに報告を命じた。 「えー警備部が刑事部から検問の要請を受けたのは午前0時50分。警備員が現着したのは要請から40分後の午前1時25分。現場に通じる県道熨子…

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19,12月20日 日曜日 11時52分 喫茶「ドミノ」

19.mp3 ひととおり説明した赤松は手元に置いてあるメニューに目を通し、その中から定食を頼んだ。佐竹も赤松と同じものを頼む事にした。 「今になって考えてみれば、あいつがウチの店に来てから何度か警察が来た事があったわ。」 「警察が?」 「ああ。」 「警察が何をしに?」 胸ポケットにしまってあった煙草を取り出した佐竹はそれをテーブルに置いた。赤松に「どうぞ」と促された彼はそれを咥えて火をつけた。 「ほら俺の親父、6年前に事故で死んだやろう。」 紫煙を口から勢い良く吹き出しながら佐竹は頷く。 「そのことについて、母さんにいろいろ聞いとったんやって。」 「え?今更どうして…。」 赤松は手持ち無沙汰そうに自分の人差し指にできたタコのようなものをかりかりと左手でいじりながら話す。 「わからん。でも当時の事は母さんしかよく分からんからな。俺は京都でサラリーマンしとったし。」 「母さんに聞かなかったのか。」 「…聞いたけど、あんまり詳しく教えてくれんかった。事故当時は母さんも親父が死んだ事にかなりショック受けとったから、俺としてはそれ以上突っ込んで聞く気にはなれんかった。」 佐竹はそっと灰皿まで手を伸ばし、落ちそうになったタバコの灰を人差し指で軽く叩いて落とした。そして再度それに口をつけて吸い込んだ。 「だから、俺としては正直複雑なんやわ。この事件についてはにわかに信じる事ができんげん。」 「すまん。久しぶりにお前に会ったと思ったらこんな…

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18,6月15日 火曜日 15時00分頃 フラワーショップ「アサフス」

18.mp3 一年半前の雨が滴る六月。赤松は自分の店で店番をしていた。 六月の花と言えば紫陽花、菖蒲、泰山木と言ったものが主で、普段花を使用した生活を営んでいない一般の家庭にはあまり花屋は縁がない時期かもしれない。 アサフスに来店する一般客の多くは田上、杜の里の住人である。赤松はそれらの客の顔と名前を大体覚えていた。たまに見慣れない顔の客が来る事があるが、それらの一見客はここから車で二十分先にある熨子山の墓地公園へ墓参りに行くための花を買いにくる客が主だった。だがそれらの大半は盆や彼岸の時期に集中する。 スーツを着たサラリーマン風の男が梅雨時の昼間に、この店に来る事はあまりない。第一印象が不自然だったため、当時の事はよく覚えている。 男は店内にある花が入った冷蔵庫の中を眺め、足下に置いてあったバケツに入った墓参り用の花束に目をとめた。 「これ、ひとつ下さい。」 男はその佛花を指差し、低い声で店にいた赤松に言った。 赤松は返事をして花を取り出し、包装紙に包んだ。 「お客さん、お墓参りですか。」 男の口元は少し緩んだ。 「赤松、俺だよ。久しぶりだな。」 誰か分からなかった。赤松は男の顔を3秒程眺めた。口元にある黒子が目に入った時気づいた。 「一色か!」 「そうだよ。」 「久しぶりやなぁ。スーツ着とっから誰か分からんかったわ。」 「冷てぇなぁ、気づいてくれよ。」 「どうしたん、こんな平日の昼間に来るなんて。」 「いや、噂で赤松が実家…

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17,12月20日 日曜日 11時25分 喫茶「ドミノ」

17.2.mp3 一時期金沢にはカフェと呼ばれる社交場が乱立した。 この手の店は、ぶらりと気軽に立ち寄れる場所はあまり多くない。洒落てこぎれいな雰囲気のものが多く、選ばれし意識の高い人種であることが条件として課せられる。 その中においてひとりでくつろげて、誰かを待つのに持ってこいであるのはやはり純喫茶だ。 客層の嗜好をしっかりと捉えた新聞や雑誌、マンガ等が豊富であり、それなりの年齢の世代が集う。店で交わされる会話も良い。何より自分だけの世界を作れることが純喫茶の魅力でもある。 アサフスから犀川を渡った旭町の純喫茶「ドミノ」に佐竹はいた。 店主以外誰もいない店の中で、彼は一番奥のテーブル席に座り雑誌に目を落としていた。 店の外で車のドアが閉められる音が聞こえた。 それから20秒後にドアが開かれ赤松が店内に入ってきた。 赤松はカウンターに立つ店主にコーヒーを注文し、そのまま佐竹の正面に座った。 すぐに店員がおしぼりと水を持ってきた。赤松は湯気の出るそれで手を拭き、続いてしっかりと顔を拭いた。 「あのさ、お前どう思う。」 佐竹は切り出した。 顔を拭いていたおしぼりを丁寧にたたんで赤松はうつむいたまま答えた。 「ふぅ…信じられんよ…。本当に。」 赤松は「それに」と付け加えて話し続けた。 「今、報道されとる被害者の女の子おるやろ。」 「おう。」 「あの子実は昔ウチでバイトしとった女の子ねんわ。」 「えっ…。」 「何が何だかさっぱ…

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16,12月20日 日曜日 10時55分 フラワーショップ「アサフス」

16.mp3 朝から振っていた雨は雪に変わっていた。 世間一般では金沢は雪国としてのイメージが強く、十二月の金沢といえば「雪吊」が施された兼六園の風景が有名である。樹木の幹付近に柱を立て、その先端から各枝へ放射状に縄を張り巡らせることで枝を保持する。この雪吊りの威力が発揮されるのは一月半ばから二月にかけて。この間一番雪国らしい天候が続く。昔は十二月の段階で積雪となっていたが、近年は地球温暖化の影響なのか、この時期に積雪といえる程の雪が降り積もる事は無い。 佐竹はアサフスの駐車場に自分の軽自動車をバックで止め、目の前にあるアサフスの店内の様子をしばらく伺っていた。 フロントガラスにいくつもの雪が付き、定期的に左から右へワイパーがそれを除ける。ガラスの右の端にはうっすらと雪が溜まってきていた。アサフスの駐車場には自分以外には乗用車は一台だけ止まっている。佐竹は客がいなくなるのを待っていた。 客と思われる一人の女性が店から出てきたのを確認して、佐竹はエンジンを切り、車から降りてそこへ向かった。 「いらっしゃいませ。」 アルバイトらしき若い女性が店内で作業をしながら声をかけた。 佐竹はそれとなく客の振りをして地面に置いてある花や観葉植物に目をやった。しかし彼はあまりそれらに興味が無いため、その動きに落ち着きが無かった。店に置いてある植物たちに目をやりながら、赤松がいないか確認をするも彼の姿は見えない。 「プレゼントですか。」 女性店員が佐竹に声をかけてきた。…

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15,12月20日 日曜日 10時35分 金沢北署

15.mp3 朝倉と別所の二人は記者会見を終えて北署の署長室に戻った。 するとそこに二人の男が応接用のソファに座っていた。二人は朝倉と別所に気づくとすぐに立ち上がり名乗った。 「初めまして。刑事局の松永です。」 始めに挨拶をしたのは中肉中背の年齢は三十代後半~四十代前半と思われる男の方だった。 朝倉ははじめてその男を見た時に不快感を覚えた。襟と袖だけ色の違うクレリックシャツを身に着けた松永の胸元は第二ボタンまで外されていた。 彼は朝倉に手を伸ばし握手を求めた。 ―これが上司に対する挨拶か。 渋々松永と握手をしたが、朝倉は眉間に皺を寄せ不快感を露にした。 「すいません。私のスタイルはお気に召さなかったですか。申し訳ございません。」 松永は朝倉の気持ちを察しそれとなく自分の行動の弁護をした。しかし朝倉はその言葉自体が嫌みにしか感じられず、無視をしてソファに座った。 松永は次いで別所と軽く手を握り自分の側近である関を二人に紹介した。関は松永とは違い、丁寧に挨拶をした。 「松永の補佐をしております関と申します。よろしくお願いします。」 「よろしく。」 朝倉は座ったまま関に対しては軽く会釈をした。 松永と関。対照的な人間が自分の前に座っている。松永の口元は若干上がり気味で、何やらにやにやとした表情であるのに対して、関はその表情に変化が見られない。身なりも松永はカジュアルなのに対して関はスリーピースのスーツと固い。見た目では関の方が上司に見える…

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14,12月20日 日曜日 10時17分 本多善幸事務所

14.mp3 「また連絡する。」 そう言うと村上は佐竹との電話を切り自分のデスクに戻った。傍にいる女性が東京の事務所から電話がかかってきている旨を告げたので、村上は保留にしてあった電話に出た。 「はい、村上です。」 「お疲れさまです。村上さん、テレビ見ましたよ。」 「あ、ええ。」 「先生からさっき電話があって、地元で起きた事件なので大変心配しているようでした。村上さんに対応を任せると言ってました。」 ―任せると言われてから動いていたら遅いんだよ。 「いやぁ僕も地元にいて長いんですが、正直こんなひどい事件ははじめてですよ。とりあえず身元が判明している被害者のお宅には、私かこっちの事務所の人間が行くように段取りしています。先生にはご心配なさらないように伝えてください。」 「それにしても警察幹部の犯行と疑われているようですね。今回の事件。」 「ええ、そのようですね。」 「こっちの方じゃ警察庁がぴりぴりしていますよ。何せキャリアですからね、容疑者は。」 村上の頭に一色の顔が浮かんだ。 「キャリアね…。」 「前代未聞の大事件。いったい警察は何やってんだか。」 「確かに。」 「犯人は未だ行方知らず。村上さんも注意してくださいよ。」 電話の内容はどうでも良いものだった。ただ、この電話で世間が容疑者=犯人として扱われている現実を知った。 まだ一色は容疑者である。 犯人は一色であると決まった訳ではないのに、世の中がそう動いている。情報の伝播の早さ…

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13,12月20日 日曜日 10時21分 フラワーショップ「アサフス」

13.mp3 アサフスは金沢市田上の山側環状線沿いにある生花店である。 田上は熨子山の麓にある国立大学を中心とした学生街で、近年開発が進んでいる地区である。赤松剛志はここに生まれ育った。今は二代目社長としてこの店の切り盛りしている。アサフスの創業者である剛志の父は、六年前突然の不慮の事故で他界。当時、京都の大手メーカーに勤務していた赤松はそれをきっかけに妻の綾と一緒にこちらに戻ってきた。当時は花屋の仕事について無知に等しかったのだが、最近は同業の連中に板についてきたとなんとか認められるようになってきた。 赤松は今日の晩に執り行われる葬儀用の花の手配に追われていた。花屋にとって葬儀会社や結婚式場は上得意先である。そのためミスは許されない。赤松は電話で得意先と何度も確認をし、飾り付けをした花に誤りが無いか入念にチェックした。 継続的に大口の発注が出るこれらの会社を赤松は自分でコンスタントに開拓している。そのためアサフスはこの不況時においても仕事量は増えており、そんな中で赤松は忙殺されていた。 通帳の記帳で銀行に行っていた妻の綾が足早に店に戻ってきた。傘をたたみダウンジャケットについた雨の雫を払ってブーツを脱いだ。 「ただいま…。」 「お疲れさま。銀行混んどったけ?」 綾の顔も見ずに赤松は伝票を手書きで起票しながら答えた。 「綾?」 返事が無いことに気がついた赤松は手を止めて彼女の方を見た。 綾は赤松と目を合わさず、カバンを金庫にしまった。 「…

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12,12月20日 日曜日 10時10分 北陸タクシー株式会社駐車場

12.mp3 「ふわぁ~。」 大きなあくびをしている間は、無の境地を味わうことができる。 北陸タクシーのドライバーである小西規之は今しがた車庫に帰ってきたところだった。この仕事に関しては二十年のベテランであるが、やはり普通と違うバイオリズムでの仕事は、五十八を過ぎたこの体に鉛のように重い疲労感を与えてくれていた。 小西は車からゆっくりと降り、自分の腰をさすりながら事務所の方に向かった。今日のアガリを事務所に入金し、タイムカードを押して一分でも早く帰宅したい気持ちだった。そんな小西を背後から呼ぶ声が聞こえた。 「ノリさーん!」 振り返ると恰幅のいい男がこちらに向かって手を振っている。身長は百七十センチぐらい。体重は見た感じで百キロ相当ありそうだ。彼のベルトはいつものように腹に隠れて見えない。冬の北陸は上着なしではかなり寒い季節であるが、彼は長袖のシャツを腕まくりして着ていた。小西の後輩の南部達夫だった。彼は巨体を揺らしながら小西の側にやってきた。 「なんや?」 「いやぁ最近さっぱりでさぁ…。ノリさんはどう?」 近くに寄って初めて分かることもある。この寒い季節に南部は額に汗をかいていた。 「どうって…。全然だめやわいや。不景気や。」 そういうと小西は腰をさすりながら、再び事務所の方にむかってゆっくりと歩き始めた。南部も彼と肩を並べて歩いた。 「ほんとに最近は長距離ってないよね。」 「そうやなぁ…。少なくなったなぁ。」 「これって、やっぱり…

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11,12月20日 日曜日 10時10分 佐竹宅

11.mp3 ―どれもこれも景気の悪い話ばかりだな。 広げた新聞には世の中に対する悲観論が充満していた。 今度の内閣人事に関する分析と課題についてばっさりと斬り捨てられた政治面。 デフレによる景気後退。それに伴う消費の低迷はますます深刻さを極めつつあるとする経済面。 所得や雇用の格差に関する社説。 親が子供を殺したという殺人事件が大きな枠を占領している社会面。 この世は救われることのない、苦しみばかりの地獄であると言わんばかりの紙面だ。 地獄の原因は政策の失敗であるそうだ。現政権を打倒することが唯一の問題解決方法らしい。 だが、現政権を打倒してどのような舵取りを期待するのか。 野党から具体的な政策提言はなにもない。 とにかく現状をぶっ壊せば何か良くなる。 こんな論調が新聞紙上にも世の中にも蔓延していた。 ―こんな新聞毎日読んでいたら頭が変になる。 そう思って佐竹はそれをしまい、テレビに目をやった。チャンネルは先ほどと変わらない。 テレビではアイススケートの大会で優勝した選手のそれまでの軌跡やプライベートの様子を解説つきで伝えていた。しかし突然画面が切り替わってメインキャスターが映し出された。 「えー先ほどの金沢で起こった殺人事件について、新しい情報が入ったようなので現場から中継でお伝えします。」 画面が切り替わり、先ほど中継で出演していた記者がマイクとノートを持ってこちらに向かって立っていた。彼の背後には…

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10,12月20日 日曜日 8時40分 県警察本部本部長室

10.mp3 特殊な事件だ。現場の状況報告時からただならぬ緊張感と絶望感が朝の県警を覆っていた。 片倉は深夜の午前1時半に現場に赴いた。深夜の熨子山には闇しか無かった。車を停めて現場である小屋へ懐中電灯の明かりを頼りに向かった。しばらくすると闇夜にくっきりと映し出される寂れた山小屋が目に入ってきた。鑑識が設置した投光器によってそこだけが昼間のように明るかった。 片倉が現場に入って先ず目にしたのは見慣れたセダン型の車輌だった。この車のダッシュボードから一色の名前が書かれた車検証が押収されていた。 現場には被害者のものと思われる足跡とそうでない足跡が残されていた。被害者の足跡はこの小屋の中で消えている。しかし一方の足跡は違っていた。車から降りて小屋の中に入り、二体の遺体を踏みつけた形跡があった。足跡は小屋から20メートル程先に行った県道の傍で消えていた。この途中で消えた足跡は鑑識で分析してみないと誰のものかは分からないが、普通の考え方であれば一色のものであると考えた方が良い。 片倉は小屋の周囲をひととおり自分の目で見た後、その中に入った。長年捜査一課で様々な遺体を見てきた片倉でさえも、その惨状には目を覆うものがあった。 劣化した木造の壁に飛び散った大量の血しぶき。床には血溜まりが出来ている。シートが被せられた遺体を確認すると、その二体ともの顔が無くなっていた。 顔面を鈍器のようなもので激しく殴打されている。もう原形をとどめていない。顔面と頭蓋骨は粉砕され、周囲…

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9,12月20日 日曜日 10時00分 金沢北署会議室

9.mp3 「えーそれでは定刻となりましたので、本日未明および早朝に発見された遺体に関する捜査状況についての記者会見を行います。」 報道記者やカメラで埋め尽くされていた金沢北署の二階にある会議室で記者会見は始まった。主要通信社および新聞社、並びに地方メディアが総出の記者会見。県警始まって以来の大規模な会見の様相だ。 会見席に座っているのは、県警本部長の朝倉と警務部長の別所、そして警務部総務課長の中川の三名である。 朝倉は記者席を見つめ、滑舌良く話し始めた。 「冒頭、皆様に一点謝罪をしなければならない事があります。」 この朝倉のひと言に会見場はしばらくざわついた。朝倉はそれが収まるのを確認して話し始めた。 「我々警察は、迅速な情報の公開を旨としておりますが、本件に関して通報から会見に至るまで十時間という時間がかかった事をまずお詫び申し上げます。」 そう言うと朝倉と別所、中川の三人は立ち上がって記者たちに深々と頭を下げた。 一斉にフラッシュが浴びせられ、そのため会見場内は真っ白になった。 三人は再び席に座り、本部長がマイクを持って再び話した。 「会見に至るまで十時間という時間がかったのは理由があります。これから本件の捜査状況と併せて皆様にご報告申し上げます。」 朝倉はマイクを隣に座っている総務課長の中川に渡した。 「えー警務部総務課長の中川です。本件についてご説明申し上げます。本日午前0時2分。男が小屋で倒れていると付近住民より通報…

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8,12月20日 日曜日 9時38分 本多善幸事務所

8.mp3 「ありがとうございます。これもひとえに支えてくださった皆様のお陰です。」 村上隆二は代わる代わる顔を出す支援者達に平身低頭だった。 「先生にはもっと頑張ってもらわんとな。」 「地域の活性化に全力を尽くしてくれ。」 「夢を現実にして欲しい。」 「次は総理大臣やな。」 などと様々な要望を本多の代わりに村上は受け止めた。 支援者の大半は建設業界関係者。今回の本多国土建設大臣誕生は多いに期待するところである。 折からの不況と公共工事の予算削減の中、この業界では極めて厳しい風が吹いている。 当選当初から本多善幸は北陸新幹線建設促進会に参画。石川、福井、富山、新潟、長野、群馬の各県の代議士や自治体の首長たちと連携をとって長年政府に働きかけを行ってきた。そして民政党幹事長時代に着工にこぎ着けた。 ついに今回政府の公共事業部門のトップに上りつめた。今後はこの超大型事業の流れを絶やさぬよう、迅速にそして確実に工事を進めて行く。それが彼の議員人生の集大成でもある。いまこそこの公共事業を通じて財政出動を行い、デフレに陥ってしまった経済状況に刺激を与える。財政再建路線によって活力を失いかけている地域に元気を取り戻させ、新たな雇用も創出するのだ。 これが大義名分だ。考え方は決して間違ってはいない。 だがそのようなマクロ的な視点を支持者は期待しているわけではない。目先の仕事にありつけるかどうか。これが関心事であった。 つまり、 「先生にはもっと頑張…

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7,12月20日 日曜日 9時08分 佐竹宅

7.mp3 朝目覚めると佐竹は激しい頭痛に襲われた。今になって昨日の痛飲の反動がやってきた。せっかくの休日だが、このまま眠っていてもいい。 休日故デートといきたいところだが、あいにく今は相手がいない。 この年齢になって地方都市での独身生活というものは結構応える。周囲は殆ど皆結婚しているし、気安く誘う訳にも行かない。それにこれと行った用件もないし娯楽も無い。 昔は特に用事もなく気の合う連中が集まってドライブに出かけたり、街へ飲みに繰り出していたが、不思議なもので年齢を重ねると友人を誘い出すのに大義名分が必要になってくる。結婚し子供がいるような家庭ならばなおさらの事だ。 佐竹は昼過ぎまで再び寝ようとした。 目を瞑ったがなかなか眠りにつけない。追い打ちをかけるように自分の脳がいろいろなことを勝手に考え始めだした。 二十四時間後には一週間が始まってしまう。有限な時間は自分にとって有益に使わなければ損だ。惰性で生活していては現状からの変化は望めない。 昨日、後輩である服部の結婚式に参加していて自分がそう思った事を思い出した。 どういった変化を望むのか。仕事のスキルアップかそれとも結婚か。 しばらく考えたがこの二つしか頭に浮かばない。そんな自分に落胆したが、これが自分だと割り切った。 どちらも望むところだが、仕事において佐竹は順調だ。金沢銀行に入行して14年。現在駅前支店の支店長代理になっている。別に猛烈に仕事に取り組んできた訳ではなく、資格試験を積極的にパス…

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6,12月20日 日曜日 0時58分 金沢市北部

6.mp3 金沢市北部の学生街。表通りから少し裏に入ったところにアパートが何棟か建っている。この中に築8年、地上二階建て、1LDKの部屋が各階にそれぞれ二室ずつ用意されているアパートがある。佐竹は代行運転を利用して自分のアパートまでたどり着き、二階にある自分の部屋に向かって階段を登った。 先ほどまで佐竹は勤務先である金沢銀行駅前支店の後輩の結婚式に参加していた。二次会にも参加し、その酒量はかなりのものだったが彼の足取りはしっかりとしていた。 自分の部屋のドアに設置された郵便受けには新聞紙が突き刺さったままだった。鍵を開け部屋に入り佐竹はそれを抜き取った。特別なことではない。いつものことだ。これから時間があれば復習のために新聞を読む。時間がなければゴミ。基本的に情報は勤務先の新聞かネットで入手できる。そう考えると特に新聞も必要がないのだが、一応社会人としてのたしなみとして購読しているに過ぎない。必要性をあえて挙げるならば、死亡欄で得意先に不幸が無いかの情報を得ることぐらいだった。 部屋の電気をつけると極端に物の少ない彼の部屋が明らかになった。白い壁にかけられた時計の時刻は1時を回ろうとしていた。佐竹は手に持っていた新聞紙と携帯電話をテーブルの上に置いて纏っていたコートを脱ぎ、キッチンでコップ一杯の水を一気に飲み干した。冬の水道水は凍てつく冷たさで、少々の頭痛を覚える。 「36だってのに俺は…。」 誰に言う訳でもなく自然と言葉が出た。と、同時にため息が出た。 スーツを脱ぎ、いつで…

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5,12月20日 日曜日 0時23分 警察本部通信指令室

5.mp3 「現場の状況はどうだ。」 一課の捜査員の指示を終えた片倉が通信司令室に乗り込んで来た。 「そろそろ熨子駐在所の人間が通報者に接触する時間です。」 片倉は空席になっている司令室のキャスター付きの椅子を転がして、司令官の傍に座りモニターを覗き込んだ。 「通報から何分や。」 片倉は端的に司令官に質問をする。 「通報時刻は午前0時02分。こちらから指令を出したのが0時16分。正味20分ですか。捜査態勢を整えるために時間がかかっていますが、深夜という状況を加味すれば良いタイムです。」 司令官は冷静である。時々、片倉と会話をしながら、淡々と的確な指示を関係各所に出し続ける。そこに現場から無線が入った。熨子駐在所の鈴木からである。 『たった今通報者と接触。通報者はひどく怯えている様子。応援が到着次第、通報者の保護と同時に現場に向かいたい。』 所轄が現場まで10分の位置にいることを確認した司令官は、頷く片倉を見てとりあえずその場で待機するよう指示を出した。とにかく現場の状況を一刻も早く、正確に掴まなければならないが、先ずは通報者の安全保護を優先しなければならない。 通報から現在に至るまでの流れは迅速だ。仮に大きな事件に発展したとしても、マスコミに初動の不備は指摘されまい。片倉は少し息をついて胸ポケットから携帯電話を取り出した。発信履歴を見ると部長の一色の名前がずらりと並んでいる。ー ―部長は俺を試しているのか? 緊急時に一色と連絡がつかないことはこれまでになかった。 …

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4,12月20日 日曜日 0時30分 県道熨子山線

4.mp3 熨子町の集落を過ぎて細い車道を猛進して行くと、路肩に一台の軽トラックがアイドリングをしたまま止まっていた。 鈴木は車をその後ろに止めた。 軽トラックの運転席に男らしき人影が確認できた。おそらくこの男が通報者なのだろう。鈴木はエンジンを切り、助手席に備え付けていた懐中電灯を手に取ってパトカーを降りた。 「こんばんは、警察です。」 白い吐息を出しながら、彼は運転席側の窓をノックした。しかし、反応がない。続けて鈴木は懐中電灯で運転席を照らした。そこには熨子町集落の住人のひとり、塩島一郎が確認できた。 畑仕事や犬の散歩、冬にはスキーに出かけたりするせいもあって、七十歳とは思えぬ若さを保っている塩島の表情には生気が無かった。彼は一点を見つめ、体を小刻みに動かしていた。 「塩島さん、大丈夫け!」 鈴木はドアノブに手をかけた。しかしそれはロックされている。 「塩島さん!鈴木です!駐在所の鈴木です!」 鈴木はさらに激しくドアを叩いた。運転席に座っている塩島がこちらの方をゆっくりと見た。 「塩島さん…ドアを開けてください。」 塩島は震える手で運転席側のロックを解除した。すぐさま鈴木はドアを開けた。車内のエアコンは全開でかかっていたのか、熱風が車外に漏れて来た。しかしそのような車内温度にも関わらず塩島の震えは止まらない。 ―ただ事ではない。 「塩島さん。さっき警察に通報したけ。」 鈴木は塩島に話かけた。 彼は小刻みに震える体全体を使って頷いた。 「塩島さんが見たっ…

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3,12月20日 日曜日 0時03分 県警察本部刑事部捜査二課

3.mp3 課長補佐の古田は捜査資料に目を通していた。 短く刈り込んだ髪。顔に深く刻み込まれた皺。タバコのヤニで黄色くなった歯。ゴツゴツとした岩のような手。 一見ヤクザかといった荒削りの風貌の男だが、彼が属しているのは会社犯罪や贈収賄、詐欺といった知能犯を取り扱う捜査二課。その風貌から連想される部署とは真逆の非常に神経と頭を使う部署である。 その道30年のベテラン刑事で、警察内では関わった事件は執念で必ず解決するところから「スッポン」の異名をとっていた。 仕事一筋でそれが趣味でもある古田にとって深夜まで捜査資料に目を通す事は全く苦にならない。彼はひとつひとつ丹念に捜査資料をじっくり分析していた。 ふと壁に掛かっている時計を見ると時刻は0時を回っていた。 「ちょっと休憩してくるわ。」 同じ部署の当直勤務である部下にそう言うと、古田は喫煙所に向かった。 ―一課が騒がしい。 喫煙所へ向かう途中、いつもはこの時間には静かな捜査一課に捜査員が数名、慌ただしく入室して行く様子を横目で見て、彼は何かを感じた。 古田は深夜の喫煙所がお気に入りだった。窓の外から見える金沢の夜景と静寂。無糖の缶コーヒーと煙草のベストマッチが彼の脳に安らぎを与えてくれる。ひと時の休息が捜査への更なる闘志をみなぎらせてくれた。 煙草に火をつけ今までの捜査を自分なりに頭の中で整理しようとした時に、捜査一課課長の片倉がやって来た。 「おう、トシさん。」 片倉は自分より5歳年上の古田に挨拶をした。役職は古田…

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2,12月20日 日曜日 0時15分 熨子駐在所

2.mp3 熨子駐在所の鈴木はこの時間にはまだ就寝していなかった。 自宅から持ち出して来た古ぼけたアルバムを手に取って、彼はその一ページをゆっくりとめくり目を細めていた。 五日後に控えたクリスマスには娘の洋子が東京から帰郷する。自分に紹介したい男がいるそうだ。妻はどういう男かは知っている。 一週間前、妻の清美がこの駐在所を訪れて娘がつき合っている男について話をしてくれた。 「洋子と同じ会社に勤めている、誠実そうな方よ。」 二人はつき合って三年。娘が男とつき合っている事を鈴木は全く知らなかった。 現場での仕事に燃え、担当地域の治安の安定が鈴木にとっては一番の関心事だった。道案内から始まり、警邏活動、ときには窃盗犯や痴漢の確保など、警察組織の末端に所属しながら彼はその自分に課せられた任務に誇りを持っていた。 ―自分は警察官としての仕事の事しか頭に無かった。 今まで家庭の事に無関心だったと言われても仕方が無い。家族の事は清美に任せてあるつもりだったが、娘の縁談を自分に知らせるときの妻の寂しそうな表情を見て、初めて自分の家庭に対する無責任さに気がついた。 思い起こせば洋子の事は何も知らない。大学までは地元の学校に通わせていたので、ある程度の事は把握をしていたつもりだったが、基本的に鈴木は仕事の虫。洋子の事について妻から相談されたりもしたが、正直なところ煩わしいとさえ思っていた。 洋子が東京の方へ就職してからというもの、家庭の事は清美に任せるという考えが災いしたか、自分と洋子と…

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1,12月20日 日曜日 0時35分 熨子山山頂展望台

1.mp3 眼下には渋い夜景が広がっている。 ここ金沢は藩政期より城下町として栄えた地域。当時の歴史と伝統が今も色濃く残っている街のため、日中は観光都市としての顔を全面的に出す。 観光名所には人が集まり賑やかさを創出する。しかし夜になればそれは一転する。 市内全域は水を打ったような静けさに覆い尽くされる。 その空気の重量感と質感は重く、妖しさを内包している。 間宮はその妖しさに包まれた街を、熨子山から眺めていた。 熨子山は金沢の北東部にある山で、そこから見る夜景は美しかった。 妖しげな空気の中に点在する街の照明群。それと相対するように闇を演出する寺院群や田畑。 対照的なものが絶妙に混ざりあい、陰と陽のおもむきを感じることができる。 熨子山は金沢市街地から車で約三十分の距離にある。市街地から少し離れたところにあるが、整備も行き届いており休日には地元の家族連れが遊びにくるようなところだ。 だがここは夜になると交通量は極端に少なくなり、外部からの侵入者を拒むかのような空気をもっていた。 十二月。 日が沈むと冷えきった空気が肌を刺す季節だ。 熨子山の山頂にある展望台で間宮は静寂に包まれていた。 そっと彼に身を寄せる者がいた。彼と同じ会社に勤務する桐本だ。 今日この時間にここを訪れる者は彼等以外になかった。 彼女の頭を撫でながら、間宮は眼下の金沢の夜景を眺めた。 麓から幾度か曲線を描いてこの場所に来ることができる。 間宮はここまでの道を市街地から順を追って見てい…

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