2,12月20日 日曜日 0時15分 熨子駐在所

2.mp3 熨子駐在所の鈴木はこの時間にはまだ就寝していなかった。 自宅から持ち出して来た古ぼけたアルバムを手に取って、彼はその一ページをゆっくりとめくり目を細めていた。 五日後に控えたクリスマスには娘の洋子が東京から帰郷する。自分に紹介したい男がいるそうだ。妻はどういう男かは知っている。 一週間前、妻の清美がこの駐在所を訪れて娘がつき合っている男について話をしてくれた。 「洋子と同じ会社に勤めている、誠実そうな方よ。」 二人はつき合って三年。娘が男とつき合っている事を鈴木は全く知らなかった。 現場での仕事に燃え、担当地域の治安の安定が鈴木にとっては一番の関心事だった。道案内から始まり、警邏活動、ときには窃盗犯や痴漢の確保など、警察組織の末端に所属しながら彼はその自分に課せられた任務に誇りを持っていた。 ―自分は警察官としての仕事の事しか頭に無かった。 今まで家庭の事に無関心だったと言われても仕方が無い。家族の事は清美に任せてあるつもりだったが、娘の縁談を自分に知らせるときの妻の寂しそうな表情を見て、初めて自分の家庭に対する無責任さに気がついた。 思い起こせば洋子の事は何も知らない。大学までは地元の学校に通わせていたので、ある程度の事は把握をしていたつもりだったが、基本的に鈴木は仕事の虫。洋子の事について妻から相談されたりもしたが、正直なところ煩わしいとさえ思っていた。 洋子が東京の方へ就職してからというもの、家庭の事は清美に任せるという考えが災いしたか、自分と洋子と…

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1,12月20日 日曜日 0時35分 熨子山山頂展望台

1.mp3 眼下には渋い夜景が広がっている。 ここ金沢は藩政期より城下町として栄えた地域。当時の歴史と伝統が今も色濃く残っている街のため、日中は観光都市としての顔を全面的に出す。 観光名所には人が集まり賑やかさを創出する。しかし夜になればそれは一転する。 市内全域は水を打ったような静けさに覆い尽くされる。 その空気の重量感と質感は重く、妖しさを内包している。 間宮はその妖しさに包まれた街を、熨子山から眺めていた。 熨子山は金沢の北東部にある山で、そこから見る夜景は美しかった。 妖しげな空気の中に点在する街の照明群。それと相対するように闇を演出する寺院群や田畑。 対照的なものが絶妙に混ざりあい、陰と陽のおもむきを感じることができる。 熨子山は金沢市街地から車で約三十分の距離にある。市街地から少し離れたところにあるが、整備も行き届いており休日には地元の家族連れが遊びにくるようなところだ。 だがここは夜になると交通量は極端に少なくなり、外部からの侵入者を拒むかのような空気をもっていた。 十二月。 日が沈むと冷えきった空気が肌を刺す季節だ。 熨子山の山頂にある展望台で間宮は静寂に包まれていた。 そっと彼に身を寄せる者がいた。彼と同じ会社に勤務する桐本だ。 今日この時間にここを訪れる者は彼等以外になかった。 彼女の頭を撫でながら、間宮は眼下の金沢の夜景を眺めた。 麓から幾度か曲線を描いてこの場所に来ることができる。 間宮はここまでの道を市街地から順を追って見てい…

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