2019年03月28日

6,12月20日 日曜日 0時58分 金沢市北部




金沢市北部の学生街。表通りから少し裏に入ったところにアパートが何棟か建っている。この中に築8年、地上二階建て、1LDKの部屋が各階にそれぞれ二室ずつ用意されているアパートがある。佐竹は代行運転を利用して自分のアパートまでたどり着き、二階にある自分の部屋に向かって階段を登った。
先ほどまで佐竹は勤務先である金沢銀行駅前支店の後輩の結婚式に参加していた。二次会にも参加し、その酒量はかなりのものだったが彼の足取りはしっかりとしていた。
自分の部屋のドアに設置された郵便受けには新聞紙が突き刺さったままだった。鍵を開け部屋に入り佐竹はそれを抜き取った。特別なことではない。いつものことだ。これから時間があれば復習のために新聞を読む。時間がなければゴミ。基本的に情報は勤務先の新聞かネットで入手できる。そう考えると特に新聞も必要がないのだが、一応社会人としてのたしなみとして購読しているに過ぎない。必要性をあえて挙げるならば、死亡欄で得意先に不幸が無いかの情報を得ることぐらいだった。
部屋の電気をつけると極端に物の少ない彼の部屋が明らかになった。白い壁にかけられた時計の時刻は1時を回ろうとしていた。佐竹は手に持っていた新聞紙と携帯電話をテーブルの上に置いて纏っていたコートを脱ぎ、キッチンでコップ一杯の水を一気に飲み干した。冬の水道水は凍てつく冷たさで、少々の頭痛を覚える。
「36だってのに俺は…。」
誰に言う訳でもなく自然と言葉が出た。と、同時にため息が出た。
スーツを脱ぎ、いつでも眠れる服装になった佐竹はベッドに横になった。彼の視線の先には棚の上にある一枚の写真があった。高校時代の部活動の写真だ。佐竹は高校在学時剣道部に所属。県大会で準優勝の成績を収めた。高校まで何かに打ち込む事を経験した事が無かった佐竹にとって、仲間と苦楽を共に過ごし、ひとつの目標に向かってひたすら挑戦した時間は彼にとって深く印象に残っている。佐竹はしばらく遠くにあるその写真を見つめた。そして深く息をついたあとシーツに顔を埋めた。
このまま眠りについてもかまわない。佐竹は目をつむった。
その時、テーブルの上に置かれた携帯電話のバイブレーションが作動し、意外に大きい振動音が部屋に響いたため佐竹は目を開かざるを得なくなった。
―誰だ、こんな時間に…。
不意を討つ音に不愉快な表情で起き上がり、テーブルの方へ手を伸ばすと、その振動は収まった。このタイミングの悪さに佐竹はますます不愉快になりながらも、誰からのものか確認をするために折り畳まれていたそれを開いた。
液晶画面には『不在着信1件』の文字があった。確認ボタンを押すと見覚えの無い電話番号が表示されていた。名前が表示されていない事から、間違い電話であろうか。いたずらならば非通知でかかってくる。どうせ電話帳には未登録の番号である。佐竹は無視を決め込んで再び横になって眠りについた。



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2019年03月21日

5,12月20日 日曜日 0時23分 警察本部通信指令室




「現場の状況はどうだ。」
一課の捜査員の指示を終えた片倉が通信司令室に乗り込んで来た。
「そろそろ熨子駐在所の人間が通報者に接触する時間です。」
片倉は空席になっている司令室のキャスター付きの椅子を転がして、司令官の傍に座りモニターを覗き込んだ。
「通報から何分や。」
片倉は端的に司令官に質問をする。
「通報時刻は午前0時02分。こちらから指令を出したのが0時16分。正味20分ですか。捜査態勢を整えるために時間がかかっていますが、深夜という状況を加味すれば良いタイムです。」
司令官は冷静である。時々、片倉と会話をしながら、淡々と的確な指示を関係各所に出し続ける。そこに現場から無線が入った。熨子駐在所の鈴木からである。
『たった今通報者と接触。通報者はひどく怯えている様子。応援が到着次第、通報者の保護と同時に現場に向かいたい。』
所轄が現場まで10分の位置にいることを確認した司令官は、頷く片倉を見てとりあえずその場で待機するよう指示を出した。とにかく現場の状況を一刻も早く、正確に掴まなければならないが、先ずは通報者の安全保護を優先しなければならない。
通報から現在に至るまでの流れは迅速だ。仮に大きな事件に発展したとしても、マスコミに初動の不備は指摘されまい。片倉は少し息をついて胸ポケットから携帯電話を取り出した。発信履歴を見ると部長の一色の名前がずらりと並んでいる。ー
―部長は俺を試しているのか?
緊急時に一色と連絡がつかないことはこれまでになかった。
確かに一色は自ら捜査現場に赴いて単独で捜査を行う事があった。しかしその際には、必ず部下である片倉に捜査指揮を一任する旨を伝えてから行動を起こしていた。
しかし今回は違う。はじめてのケースだ。
緊急時に上司と連絡がつかないことは組織として極めてマズい。今のこの状態を誰かが気づき上層部に報告でもされれば、上司の行動把握を怠っていたという事で自分に何らかの処分が下るかもしれない。
―今までこっちはあんたの鬼捜査につき合わされて振り回されてきたっちゅうげんに、肝心な時の連絡ミスなんかでお咎めなんてごめんやぞ。
片倉は携帯をしまって両腕を組み、右足を小刻みに動かして自分の腕時計を睨め続けた。
『こちら北署刑事課の岡田です。たった今、通報者を保護。これより現場に向かう。』
片倉は頷き、それを見た司令官は「了解」とだけ応えた。
「本部の人員は何分後に現着する。」
「正味15分といったところですかね。」
―まさか部長は先に現着しているわけじゃねぇやろうな。
「念のために聞くが。」
「どうしました。」
「通信指令室は全ての県警関係車輌の位置関係を把握しとるんやったな。」
「はい。ですが私用車はこの限りではありませんよ。」
片倉はしばらく考えた。
昨年、一色は刑事部の部長になってから、非常時に管理者と連絡がとれない事態を避けるために、部長級以上の私用車にもGPSを搭載して不測の事態に備えるように本部長に働きかけていた。しかし、プライバシーの問題を解決できていないため、その計画は県警本部内において頓挫していた。
―確か部長はデモとして自分の車にGPSを付けとったような。
片倉は司令官の耳元に顔を寄せた。
「おい。」
「何でしょうか。」
「部長がデモで載せた私用車のGPSは有効か。」
「有効だと思いますがまだ本採用されたシステムではありません。ですから運用はできません。」
―この堅物が。
片倉は力を込めて奥歯を噛み締めた。
「いいから部長の私用車がどこにおるんか教えてくれ。」
「だめです。」
「一色部長はどこにおる。」
「知りません。刑事部に居られないのですか。」
上司の居所を理由も無く探ろうとする片倉を司令官は不振な目で見た。
『所轄、現着。これより建物に入る。』
現場から無線が入ると指令室に緊張が走った。
片倉はGPSの件はあきらめ、司令官に音声の入力を自分の目の前にある卓上マイクに変更するように指示する。司令官は手元のスイッチャーを手慣れた手つきで操作し片倉に繋いだ。
「本部捜査一課の片倉だ。万が一の場合も考えられる。十分に注意して入れ。」
『了解しました。』
卓上マイクのヘッドの部分を下に向けて折り曲げ、片倉は椅子の背もたれに身を預けた。
―コロシかそれとも心中か。
警察の仕事に優劣は付けたくはないが、この時の片倉は後者の結末を願っていた。無理心中ならば事は大きくはならない。上司と緊急時に連絡が取れなかった点は、警察内部で処理する事ができる。問題は前者の場合だ。殺人事件という重大事件が起こっている時に責任者と連絡が取れないというのは、極めてマズい。
捜査態勢の不備が露見すれば、県民の警察に対するイメージは著しく低下する。ましてや捜査が長期化すればなおさらの事である。
『こちら本部捜査一課。あと5分で現着。』
本部の人員から無線が入ったところで片倉は自分の悶々にひとまず区切りを付け、マイクに口を近づけた。
「現場には所轄の人間が先に入っとる。お前たちも直ちに合流して現場を押さえてくれ。」
『了解。』
ふと現場にいる所轄の鈴木と岡田が気になった。
建物に入ってから3分の時間が経過している。通報から現場である建物は山小屋と聞いている。すぐにも遺体の状況等が報告されても良いものだが、それはまだ無い。
「こちら本部。現場の状況はどうだ。」
反応がない。10秒経過するのを待って、片倉は再び呼びかけようとした。矢先、現場から無線が入った。
『こちら現場。2体の遺体確認。』
その報告の声には力がない。無理もない、この地方都市で一度に複数の遺体を目にする事件はそうそう無い。よってこの手の状況にはあまり免疫は無いである。
片倉は遺体の状況を分かる範囲で報告するように指示した。
『それが…。』
「どうした?」
『顔が無いんです。』
「何?」
『両方とも…顔が無いんです。』
「どういうことや。顔が無いなんて意味が分からんが。」
片倉は怪訝な顔をした。
『顔面を凶器か何かでぐちゃぐちゃにされています。原形をとどめていません。』
岡田の報告に通信指令室は凍りついた。



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2019年03月14日

4,12月20日 日曜日 0時30分 県道熨子山線




熨子町の集落を過ぎて細い車道を猛進して行くと、路肩に一台の軽トラックがアイドリングをしたまま止まっていた。
鈴木は車をその後ろに止めた。
軽トラックの運転席に男らしき人影が確認できた。おそらくこの男が通報者なのだろう。鈴木はエンジンを切り、助手席に備え付けていた懐中電灯を手に取ってパトカーを降りた。
「こんばんは、警察です。」
白い吐息を出しながら、彼は運転席側の窓をノックした。しかし、反応がない。続けて鈴木は懐中電灯で運転席を照らした。そこには熨子町集落の住人のひとり、塩島一郎が確認できた。
畑仕事や犬の散歩、冬にはスキーに出かけたりするせいもあって、七十歳とは思えぬ若さを保っている塩島の表情には生気が無かった。彼は一点を見つめ、体を小刻みに動かしていた。
「塩島さん、大丈夫け!」
鈴木はドアノブに手をかけた。しかしそれはロックされている。
「塩島さん!鈴木です!駐在所の鈴木です!」
鈴木はさらに激しくドアを叩いた。運転席に座っている塩島がこちらの方をゆっくりと見た。
「塩島さん…ドアを開けてください。」
塩島は震える手で運転席側のロックを解除した。すぐさま鈴木はドアを開けた。車内のエアコンは全開でかかっていたのか、熱風が車外に漏れて来た。しかしそのような車内温度にも関わらず塩島の震えは止まらない。
―ただ事ではない。
「塩島さん。さっき警察に通報したけ。」
鈴木は塩島に話かけた。
彼は小刻みに震える体全体を使って頷いた。
「塩島さんが見たっちゅう山小屋って、どこにあるんかね。」
塩島はかすかに震えた声で言葉を発した。
「置いていかんでくれ…。」
両手で顔を覆い、極寒の地に全裸で放り出されたかのごとく、体を大きく震えさせた。
この男は凄まじい恐怖に襲われていて、とても冷静に物事を話せる状況に無い。鈴木はそう判断した。
―こんな状態なのによく警察に通報したものだ。
ひとまず彼に安心感を与え、現在最低限聞かなければならないことだけを聞き出そう。そう鈴木は判断した。
「塩島さん。大丈夫や。もうちょっとしたら本部から応援来るさかい、心配しせんでもいいよ。」
塩島は自分の顔を覆っている指の隙間から鈴木の顔をみた。
「ほんで、その小屋ってどうやっていけば良いんけ。応援が来たら確認しに行くさかい。」
塩島は未だ震える右手でもって暗闇を指した。彼の指す先の舗装されていない濡れた地面にはタイヤ痕が残っていた。その土の生々しさから推察して、塩島が自分の車でこの先にあると思われる小屋へ行ったのだろう。
「この先ねんね。」
鈴木が確認すると彼は小さく頷いた。
「ここからその小屋まで大分時間かかるけ。」
塩島は僅かに首を振る。
鈴木はパトカーに戻り、通信指令室へ無線を繋いだ。
「こちら熨子駐在所の鈴木です。たった今通報者と接触。通報者はひどく怯えている様子。応援が到着次第、通報者の保護と同時に現場に向かいたい。」
『了解。間もなく所轄の捜査員が到着する。通報者の保護をされたい。』
10分後、2台のパトカーが到着した。1台につき2名の合計4名の応援だ。
「お疲れさまです。北署の刑事課、警部補の岡田です。」
捜査員のひとりが鈴木の方へ寄って来て敬礼をした。
「熨子駐在所巡査部長の鈴木です。」
鈴木も応えるように敬礼し、挨拶をする。
「現場がどこなのかは聞き出しましたが、通報者がひどく怯えています。先ずは彼の保護が先決かと思います。」
鈴木は岡田に提案した。
「了解。ウチの若い者に保護させます。」
そう言うと岡田は捜査員の2人に通報者をパトカーの後部座席に乗せるよう指示した。そして携帯無線機で通信指令室に無線を繋いだ。
「こちら北署刑事第一課の岡田です。たった今、通報者を保護。これより現場に向かう。」
『了解。』
「では鈴木巡査部長。行きましょう。」
岡田はパトカーの後部座席にあるコートを見に纏い、トランクに入っていた懐中電灯を取り出した。
「通報者によると、この小道の先に現場があるようです。」
鈴木は小道に光を当てた。
二人はタイヤ痕が残る小道の先を歩き出した。先頭の鈴木は道の先を照らし、後方の岡田は足元を照らす。小屋への道は車の轍によってかろうじて残っているような悪路であった。懐中電灯が照らす先以外は漆黒の闇。聞こえてくるのは自分たちの足音のみ。深夜の山の冷たい空気はコートに包まれた体をちくりちくりと刺してくる。薄気味悪い小道を5分程進んだだろうか。2人は少し開けた場所に出た。
「あれか。」
10メートル先に二間半ほどの間口の小屋が建っている。奥行きもありそうだ。小屋の傍にはセダン型の乗用車、そして一台の原動機付自転車が止まっている。二人は息を殺して慎重に小屋に近づいた。
口の中に溜まってきた唾液を飲み込むとその僅かな音さえ、この開けた場所に響いてしまうのではないと思う程、この場は静寂に包まれている。
小屋は木造のものであった。屋根はトタンで葺いてある。随分と前からこの場所にあるような風化具合である。小屋を形成する朽ちた木材を間近で照らすと、以前はペンキかなにかで白く塗装されていただろうと思われる痕跡が確認できた。
鈴木は入口であると思われる引き戸を懐中電灯で照らした。握りこぶしひとつ分程開いている引き戸。えも言われぬ緊張感が彼らを襲った。鈴木の一挙手一投足を傍で見ている岡田は、その張りつめた雰囲気に飲み込まれないように注意しながら無線を入れた。
「所轄、現着。これより建物に入る。」
岡田がそう言うと、鈴木は引き戸に手をかけた。二人ともお互いの鼓動が聞こえるかと思える程、自己の心臓が激しく活動している。
『本部捜査一課の片倉だ。万が一の場合も考えられる。十分に注意して入れ。』
「了解しました。」岡田は鈴木の目を見て合図した。
鈴木は頷き勢い良く引き戸を開いた。
すぐさま二人は懐中電灯で暗闇の内部を照らす。直線的な光の線が室内を探る。二本の光の先が一点に集中し動きを止めた。そこで目に飛び込んで来た状況に二人は愕然とした。
「なんだ…これは…。」



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2019年03月07日

3,12月20日 日曜日 0時03分 県警察本部刑事部捜査二課




課長補佐の古田は捜査資料に目を通していた。
短く刈り込んだ髪。顔に深く刻み込まれた皺。タバコのヤニで黄色くなった歯。ゴツゴツとした岩のような手。
一見ヤクザかといった荒削りの風貌の男だが、彼が属しているのは会社犯罪や贈収賄、詐欺といった知能犯を取り扱う捜査二課。その風貌から連想される部署とは真逆の非常に神経と頭を使う部署である。
その道30年のベテラン刑事で、警察内では関わった事件は執念で必ず解決するところから「スッポン」の異名をとっていた。
仕事一筋でそれが趣味でもある古田にとって深夜まで捜査資料に目を通す事は全く苦にならない。彼はひとつひとつ丹念に捜査資料をじっくり分析していた。
ふと壁に掛かっている時計を見ると時刻は0時を回っていた。
「ちょっと休憩してくるわ。」
同じ部署の当直勤務である部下にそう言うと、古田は喫煙所に向かった。
―一課が騒がしい。
喫煙所へ向かう途中、いつもはこの時間には静かな捜査一課に捜査員が数名、慌ただしく入室して行く様子を横目で見て、彼は何かを感じた。
古田は深夜の喫煙所がお気に入りだった。窓の外から見える金沢の夜景と静寂。無糖の缶コーヒーと煙草のベストマッチが彼の脳に安らぎを与えてくれる。ひと時の休息が捜査への更なる闘志をみなぎらせてくれた。
煙草に火をつけ今までの捜査を自分なりに頭の中で整理しようとした時に、捜査一課課長の片倉がやって来た。
「おう、トシさん。」
片倉は自分より5歳年上の古田に挨拶をした。役職は古田より上であるが、片倉と古田は旧知の仲であるため、二人の間には堅苦しい上下関係は無いに等しい。
「どうした、何かあったんか。」
古田は意外そうな声で片倉に言った。
「ホトケさん二体発見。ということで今来たところ。」
「どこで。」
「熨子山。」
「心中か。」
「わからん。とにかくすぐ現場に捜査員を派遣しないと。今はその前に気合いを入れる一服。」
そう言うと片倉は胸から煙草を取り出し、火をつけた。
「また部長の鬼捜査やな…。」
苦笑いを浮かべて古田は缶コーヒーの蓋を開け、それに口をつけた。
「ああ、そうだな。」
片倉と刑事部長の一色は反りが合わなかった。
一色は東京の国立大学から国家公務員一種試験をパスし、警察庁に入庁したいわゆる警察キャリア。ここ県警察本部には4年前に配属となった。
当初は捜査二課の課長であったが、昨年警視から警視正となり捜査一課、二課、組織犯罪対策課、鑑識課を束ねる刑事部長となった。
年齢は三十六歳であり、その昇進スピードは早い方である。
しかし、彼の捜査手法には多くの問題点があり、その強引さに対しては警察内部でも批判があった。
法律上問題であるおとり捜査を行ったり、時折単身で現場を押さえるような行動があった。
管理者という立場であるにもかかわらず現場に直接介入するし、スタンドプレーも目立つ。こんな上司がいては現場捜査員から批判が出てもおかしくない。
そんな問題を抱えるキャリアも結果は出していた。
捜査二課は知能犯との戦いである。知能犯というものはプライドが高い人間が多い。
一色はこれらの参考人や被疑者の取り調べに自ら臨むことがあった。その彼の取り調べは見事だった。決して直接的な言動は使わない。遠まわしにじわじわと攻める。まるで真綿で首を絞めるように。ときには柔らかく包み込むように、時には非情とも思える冷淡な言動。この硬軟合わせた彼の巧みな取り調べに、知能犯の黙秘の壁は崩壊させられた。
理論武装をした知能犯の口を割らせるということは、彼らの最も拠り所とするところを無効化させること。それは彼らの人格自体を崩壊させることにもつながる。
彼の取り調べにかかった者たちは皆、落ちた。
取り調べを終えたそれらの者たちの表情は抜け殻のようになり、精神障害に陥った者さえいた。
結果は手段に勝るという捜査。ときには被疑者の人格さえも崩壊せしめる取り調べ。
このような一色の捜査手法を県警では「鬼捜査」と呼んだ。
キャリア警察の暴走。これが事実上黙認されているには理由があった。捜査二課の検挙率が一色の着任後、飛躍的にアップしたのである。
組織内部の不協和音と検挙実績の向上。どちらが警察にとって大事かといえば考えるまでもなく後者だ。
「鬼捜査」の存在は決して外に出ることはなかった。
実績を積み、捜査二課課長から刑事部長に昇進した一色は「鬼捜査」を刑事部全体に適用した。
二課の連中はすでに彼のやり方に免疫を持っていたが、一課にはそれが無かった。
警察組織において上司の命令は絶対である。しかし一色の「鬼捜査」によって一課の不協和音がどんどん拡がっていく。この状態を見るに見かねた片倉は折を見て彼に意見した。
だが彼の意見は取り合ってくれる事は無かった。
一色が刑事部長になって三ヶ月後、片倉は「もうついていけない」と言うことで古田に警察を辞めたいと相談を持ちかけた。
しかし慰留され、彼は現在も一色の下で働いている。
片倉は一色のやり方を認めた訳ではなかった。しかし彼が刑事部長になり一年経った現在において、捜査一課の殺人や強盗などの重大事件の検挙率は100%。それまでの実績は70%であり、彼の実績については認めざるを得ない状況だった。また、彼の捜査方法に対する市民からの苦情等も受け付けていない。不満が出ているのはもっぱら組織内部からのものだけだった。
「どうした片倉。さっきから携帯ばっかりいじって。」
古田は自分の腕時計に目をやった。時刻は午前0時10分。
家族や友人に電話をかけるような時間でもない。喫煙所に入ってきてから、携帯ばかり気にしている片倉を不審に思った古田は彼に声をかけた。
「トシさん。マズいんや…。」
「ん?」
「部長と連絡がとれんげん。」
「…え?」
「さっから何回も携帯に電話しとるんやけど、電源が切られとるんや。」
「どういう事ぃや。」
片倉は首を横に振った。
「お得意のスタンドプレーが始まったかもしれんな…。」
とにかく通報が入っているのだから、初動は迅速にせねばならない。片倉はそう言うと一課へ早足で向かって行った。



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