10,12月20日 日曜日 8時40分 県警察本部本部長室

10.mp3 特殊な事件だ。現場の状況報告時からただならぬ緊張感と絶望感が朝の県警を覆っていた。 片倉は深夜の午前1時半に現場に赴いた。深夜の熨子山には闇しか無かった。車を停めて現場である小屋へ懐中電灯の明かりを頼りに向かった。しばらくすると闇夜にくっきりと映し出される寂れた山小屋が目に入ってきた。鑑識が設置した投光器によってそこだけが昼間のように明るかった。 片倉が現場に入って先ず目にしたのは見慣れたセダン型の車輌だった。この車のダッシュボードから一色の名前が書かれた車検証が押収されていた。 現場には被害者のものと思われる足跡とそうでない足跡が残されていた。被害者の足跡はこの小屋の中で消えている。しかし一方の足跡は違っていた。車から降りて小屋の中に入り、二体の遺体を踏みつけた形跡があった。足跡は小屋から20メートル程先に行った県道の傍で消えていた。この途中で消えた足跡は鑑識で分析してみないと誰のものかは分からないが、普通の考え方であれば一色のものであると考えた方が良い。 片倉は小屋の周囲をひととおり自分の目で見た後、その中に入った。長年捜査一課で様々な遺体を見てきた片倉でさえも、その惨状には目を覆うものがあった。 劣化した木造の壁に飛び散った大量の血しぶき。床には血溜まりが出来ている。シートが被せられた遺体を確認すると、その二体ともの顔が無くなっていた。 顔面を鈍器のようなもので激しく殴打されている。もう原形をとどめていない。顔面と頭蓋骨は粉砕され、周囲…

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9,12月20日 日曜日 10時00分 金沢北署会議室

9.mp3 「えーそれでは定刻となりましたので、本日未明および早朝に発見された遺体に関する捜査状況についての記者会見を行います。」 報道記者やカメラで埋め尽くされていた金沢北署の二階にある会議室で記者会見は始まった。主要通信社および新聞社、並びに地方メディアが総出の記者会見。県警始まって以来の大規模な会見の様相だ。 会見席に座っているのは、県警本部長の朝倉と警務部長の別所、そして警務部総務課長の中川の三名である。 朝倉は記者席を見つめ、滑舌良く話し始めた。 「冒頭、皆様に一点謝罪をしなければならない事があります。」 この朝倉のひと言に会見場はしばらくざわついた。朝倉はそれが収まるのを確認して話し始めた。 「我々警察は、迅速な情報の公開を旨としておりますが、本件に関して通報から会見に至るまで十時間という時間がかかった事をまずお詫び申し上げます。」 そう言うと朝倉と別所、中川の三人は立ち上がって記者たちに深々と頭を下げた。 一斉にフラッシュが浴びせられ、そのため会見場内は真っ白になった。 三人は再び席に座り、本部長がマイクを持って再び話した。 「会見に至るまで十時間という時間がかったのは理由があります。これから本件の捜査状況と併せて皆様にご報告申し上げます。」 朝倉はマイクを隣に座っている総務課長の中川に渡した。 「えー警務部総務課長の中川です。本件についてご説明申し上げます。本日午前0時2分。男が小屋で倒れていると付近住民より通報…

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8,12月20日 日曜日 9時38分 本多善幸事務所

8.mp3 「ありがとうございます。これもひとえに支えてくださった皆様のお陰です。」 村上隆二は代わる代わる顔を出す支援者達に平身低頭だった。 「先生にはもっと頑張ってもらわんとな。」 「地域の活性化に全力を尽くしてくれ。」 「夢を現実にして欲しい。」 「次は総理大臣やな。」 などと様々な要望を本多の代わりに村上は受け止めた。 支援者の大半は建設業界関係者。今回の本多国土建設大臣誕生は多いに期待するところである。 折からの不況と公共工事の予算削減の中、この業界では極めて厳しい風が吹いている。 当選当初から本多善幸は北陸新幹線建設促進会に参画。石川、福井、富山、新潟、長野、群馬の各県の代議士や自治体の首長たちと連携をとって長年政府に働きかけを行ってきた。そして民政党幹事長時代に着工にこぎ着けた。 ついに今回政府の公共事業部門のトップに上りつめた。今後はこの超大型事業の流れを絶やさぬよう、迅速にそして確実に工事を進めて行く。それが彼の議員人生の集大成でもある。いまこそこの公共事業を通じて財政出動を行い、デフレに陥ってしまった経済状況に刺激を与える。財政再建路線によって活力を失いかけている地域に元気を取り戻させ、新たな雇用も創出するのだ。 これが大義名分だ。考え方は決して間違ってはいない。 だがそのようなマクロ的な視点を支持者は期待しているわけではない。目先の仕事にありつけるかどうか。これが関心事であった。 つまり、 「先生にはもっと頑張…

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7,12月20日 日曜日 9時08分 佐竹宅

7.mp3 朝目覚めると佐竹は激しい頭痛に襲われた。今になって昨日の痛飲の反動がやってきた。せっかくの休日だが、このまま眠っていてもいい。 休日故デートといきたいところだが、あいにく今は相手がいない。 この年齢になって地方都市での独身生活というものは結構応える。周囲は殆ど皆結婚しているし、気安く誘う訳にも行かない。それにこれと行った用件もないし娯楽も無い。 昔は特に用事もなく気の合う連中が集まってドライブに出かけたり、街へ飲みに繰り出していたが、不思議なもので年齢を重ねると友人を誘い出すのに大義名分が必要になってくる。結婚し子供がいるような家庭ならばなおさらの事だ。 佐竹は昼過ぎまで再び寝ようとした。 目を瞑ったがなかなか眠りにつけない。追い打ちをかけるように自分の脳がいろいろなことを勝手に考え始めだした。 二十四時間後には一週間が始まってしまう。有限な時間は自分にとって有益に使わなければ損だ。惰性で生活していては現状からの変化は望めない。 昨日、後輩である服部の結婚式に参加していて自分がそう思った事を思い出した。 どういった変化を望むのか。仕事のスキルアップかそれとも結婚か。 しばらく考えたがこの二つしか頭に浮かばない。そんな自分に落胆したが、これが自分だと割り切った。 どちらも望むところだが、仕事において佐竹は順調だ。金沢銀行に入行して14年。現在駅前支店の支店長代理になっている。別に猛烈に仕事に取り組んできた訳ではなく、資格試験を積極的にパス…

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