2019年04月25日

10,12月20日 日曜日 8時40分 県警察本部本部長室



特殊な事件だ。現場の状況報告時からただならぬ緊張感と絶望感が朝の県警を覆っていた。

片倉は深夜の午前1時半に現場に赴いた。深夜の熨子山には闇しか無かった。車を停めて現場である小屋へ懐中電灯の明かりを頼りに向かった。しばらくすると闇夜にくっきりと映し出される寂れた山小屋が目に入ってきた。鑑識が設置した投光器によってそこだけが昼間のように明るかった。

片倉が現場に入って先ず目にしたのは見慣れたセダン型の車輌だった。この車のダッシュボードから一色の名前が書かれた車検証が押収されていた。

現場には被害者のものと思われる足跡とそうでない足跡が残されていた。被害者の足跡はこの小屋の中で消えている。しかし一方の足跡は違っていた。車から降りて小屋の中に入り、二体の遺体を踏みつけた形跡があった。足跡は小屋から20メートル程先に行った県道の傍で消えていた。この途中で消えた足跡は鑑識で分析してみないと誰のものかは分からないが、普通の考え方であれば一色のものであると考えた方が良い。

片倉は小屋の周囲をひととおり自分の目で見た後、その中に入った。長年捜査一課で様々な遺体を見てきた片倉でさえも、その惨状には目を覆うものがあった。

劣化した木造の壁に飛び散った大量の血しぶき。床には血溜まりが出来ている。シートが被せられた遺体を確認すると、その二体ともの顔が無くなっていた。

顔面を鈍器のようなもので激しく殴打されている。もう原形をとどめていない。顔面と頭蓋骨は粉砕され、周囲には脳や肉片が飛び散っていた。

あまりもの状況にそこから目を逸らすと、その遺体の傍らには一枚のハンカチを確認した。これにも片倉は見覚えがあった。

―部長のものだ。

片倉は二日前に本部のトイレで一色と同じになった。一色は用を足した後で、洗面所でハンカチを口にくわえ手を洗っていた。普段気にも止めないのだが、片倉はこのときだけ何故かそのハンカチに目が止まった。

片倉は一ヶ月前に訪れた自分の誕生日に高校生の娘からプレゼントをもらっていた。海外ブランドの財布だった。娘がアルバイトで稼いだ金で購入したようだった。元来身なりの事には無頓着な片倉だったが、愛する娘が汗水流して働いてプレゼントしてくれたものは身に付けないわけにはいかない。貰った翌日からそれを持って仕事に行った。

いつもの休憩場所である喫煙所の自動販売機でコーヒーを買おうとした時、傍にいた部下に財布について話しかけられた。

「課長、それブランドもんじゃないっすか。」
「ああ、そうらしいな。」
「どうしたんですか、それ。」
「娘から誕生日プレゼントで貰った。」
「それ、かなりいいやつですよ。良い娘さんお持ちですね。」
「そうなんか?」
「ええ、僕なんかも欲しいですけど、なかなか手が出ませんよ。」

このようなやり取りがあったため、それ以来そのブランドの存在に敏感になっていた。一色がくわえていたハンカチにも同じブランドのロゴマークが入っていた。そこで一色とそのブランドのことで二三言葉を交わした。

現場にはこの他にも一色にまつわる遺留品があった。
片倉はそれらのあまりもの遺留品の多さに戸惑いながらも、そのひとつひとつが『この犯行を行ったのは一色である』と自分に語りかけてくるのを受け止めていた。

そして今から10分前の8時半。鑑識からの新しい報告が入った。その報告は絶望的なものだった。
鑑識からの資料に目を通す朝倉本部長を前に片倉は直立不動だった。

朝倉は前頭部が禿げ上がった五十五歳の痩身の男である。目は細く少し垂れていて温和な表情をしているが、その実、眼光は鋭い。資料に目を通す眼鏡の奥に見える彼の目は刑事の目をしていた。

「信じられん。」

朝倉の意見は片倉と同じだった。

「私も信じられません。凶器からの指紋検出は決定的です。」

朝倉は資料を閉じ、しばし無言になった。

「…マル秘の氏名を公表しろ。」

朝倉の目が鋭く光った。

「しかし、察庁からは当面の間はマル秘を特定せずに捜査をしろとの指示ですが。」

この事件に一色が何らかの形で関わっているということは、現場の状況を見て即座に分かった。合計4名の被害者をだす重大な事件であるため、察庁には事件発生当時より逐一連絡を入れていた。察庁からの指示は被疑者を特定せずにあらゆる方面からの捜査を迅速に行えというものだった。

仮に一色が犯人であった場合、現役のキャリア警察官僚が起こした事件となり、それが世間に及ぼす影響は多大なもので、警察組織の信用問題に発展するのは必至である。そのため隠密に捜査をせよとの意図である。

察庁はこういったことは言葉では言わない。被疑者の発表を意図的に伸ばす指示をしたと明らかにされれば、それこそ二重の痛手となる。現場が察庁の意を汲めということだ。

「動かぬ証拠が出ているんだ、やむを得んだろう。」
「ですが本部長。察庁の了解を取り付けねばなりません。」
「それでは時間がかかる。いいからやれ。」
「お言葉ですが、そのような単独行動をすると本部長もただでは済みません。調整はした方が良いかと思います。」

朝倉は立ち上がって窓から外を眺めながら呟いた。

「片倉…お前はどこを向いて仕事をしている。」
「は?」

身内のボロを出さないように、秘密裏に捜査をしていこうという察庁の姿勢を無意識のうちに汲み取り、行動していた自分に気づいた瞬間だった。

「マル秘は現役の警察幹部。拳銃を携行している可能性があるのはお前もよく分かっているだろう。」

片倉は無意識のうちに自分のズボンの継ぎ目を握りしめていた。

「我々警察は市民の生命と財産を守る義務がある。マル秘が危険な凶器を未だ所持している可能性が捨てきれないならば、その公表は当然と考える。」

こちらに振り向いて片倉の目を見て語られる朝倉の意見は筋が通っている。

「確かに我々は警察組織の一部だ。勝手な行動は慎むべきである。だがそれ以上に我々は公僕であるという自覚を失ってはいけない。」

片倉はこれ以上朝倉に何も言えなかった。あまりの正論を聞かされたことで体が軽く震えていた。

「皮肉だが、これはマル秘がよく言っていた言葉でもある。」

朝倉が付け加えたこの言葉に片倉は少し引っかかった。

「では察庁にどのように報告すればよろしいでしょうか。今日の10時頃には松永リジ感がこちらに応援に来ますが。」
「調整は別所部長と俺に任せろ。おまえはそんな事に気を遣うな。先ずは被疑者の確保だ。検問の体勢を強化しろ。」
「了解いたしました。」

片倉は一礼し本部長室を後にした。
部屋にひとりになった朝倉は自分の席に座り大きく息を吐いた。
そして胸元から携帯電話を取り出し、電話帳から一人の男の電話番号を呼び出してそこにかけた。

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2019年04月18日

9,12月20日 日曜日 10時00分 金沢北署会議室



「えーそれでは定刻となりましたので、本日未明および早朝に発見された遺体に関する捜査状況についての記者会見を行います。」

報道記者やカメラで埋め尽くされていた金沢北署の二階にある会議室で記者会見は始まった。主要通信社および新聞社、並びに地方メディアが総出の記者会見。県警始まって以来の大規模な会見の様相だ。

会見席に座っているのは、県警本部長の朝倉と警務部長の別所、そして警務部総務課長の中川の三名である。

朝倉は記者席を見つめ、滑舌良く話し始めた。

「冒頭、皆様に一点謝罪をしなければならない事があります。」

この朝倉のひと言に会見場はしばらくざわついた。朝倉はそれが収まるのを確認して話し始めた。

「我々警察は、迅速な情報の公開を旨としておりますが、本件に関して通報から会見に至るまで十時間という時間がかかった事をまずお詫び申し上げます。」
そう言うと朝倉と別所、中川の三人は立ち上がって記者たちに深々と頭を下げた。

一斉にフラッシュが浴びせられ、そのため会見場内は真っ白になった。
三人は再び席に座り、本部長がマイクを持って再び話した。

「会見に至るまで十時間という時間がかったのは理由があります。これから本件の捜査状況と併せて皆様にご報告申し上げます。」

朝倉はマイクを隣に座っている総務課長の中川に渡した。

「えー警務部総務課長の中川です。本件についてご説明申し上げます。本日午前0時2分。男が小屋で倒れていると付近住民より通報がありました。即座に付近の駐在所並びに所轄へ現場に急行するように伝え、午前0時30分、通報者の保護を致しました。その10分後、所轄警察署の捜査員が合流。現場にて二体の男性の遺体を発見するに至りました。えー片方の遺体は頭を鈍器のようなもので複数回殴打された跡があり、もう片方は頚部を鋭利な刃物で何度か刺された跡が確認されております。二体とも遺体の損壊状況がひどく、未だ身元の特定には繋がっておりません。現在司法解剖を行っておりますので、死因は現段階では特定されておりません。また、同日午前6時半頃、えー本日の事でありますが、熨子山山頂付近を通りがかった男性から男女二名が倒れているとの通報がありました。こちらも現場へ急行し捜査致しましたところ、頭を鈍器のようなもので何度か殴打した跡がある遺体を二体確認しました。こちらについては遺留品の分析から身元が判明しましたのでご報告致します。
遺体の身元は間宮孝和、二十五歳、男性。住所は金沢市鳴和。勤務先は兼六広告株式会社。広告代理店の社員であります。またもう一方の遺体の身元は桐本由香、二十三歳 女性。こちらも間宮と同じ会社に勤務する社員であります。住所は金沢市田上。この二人の遺体の状況は未明に発見された遺体と同じような損壊状況でありました。未明の事件と早朝の事件はその殺人の手口が極めて特徴的で、共通する点が多い事から同一犯の連続殺人事件と判断し、本日午前7時、ここ金沢北署に熨子山連続殺人事件捜査本部を設置。捜査を行っておりました。そして捜査本部設置から30分後の午前7時半頃に犯行に使われた凶器と思われるものが発見されました。ひとつはサバイバルナイフ。もうひとつはハンマーです。鑑識にて分析を行った結果、その凶器のうちサバイバルナイフから犯人のものと思われる指紋が検出されています。」

中川は手元の資料をまとめて、次の資料を用意し大きく深呼吸して続ける。

「未明の殺害現場には多数の物証が残されておりました。犯人が使用したと思われる車輌。指紋等々。しかし、山の中で起こった未明の事件のためそれらを収集し分析するには時間がかかりました。よって今この時間にこの場所での記者会見という形で皆様にご報告となった訳であります。肝心の被疑者に関しては総合的に判断して一名の人間に絞られております。」

中川は冷静に記者たちに対して淡々と発言をしていたが、ここで言葉に詰まった。
それを見た警務部長の別所は中川の方を見て頷く。
中川も別所を見て発言を続けた。

「えー、被疑者の公表を致します。」

中川は一枚のA4サイズに拡大された顔写真を記者席に向けて見せた。

「本名一色貴紀。金沢市在住、三十六歳男性。当警察本部刑事部長であり現役の警察官です。」

一瞬、会見場は水を打ったように静まり返った。続けて周囲は騒然とし怒濤のようにシャッター音が響きフラッシュの洪水となった。われ先にとこの情報をいち早く伝えるために会見場から飛び出していく記者も少なくなかった。

「警察としましては裁判所に対して逮捕令状を請求し被疑者の逮捕に全力を挙げております。」

中川はそう言うとマイクを朝倉に渡した。
朝倉は報道陣をまっすぐ見つめて冷静に話し始めた。

「今程も中川の方から申し上げた通り、現在被疑者として捜索の対象となっているのは、我が県警の刑事部長であります。先ずは地域住民の皆様方にご心配をお掛けしておりますことに深くお詫び申し上げます。被疑者は未だ逮捕に至っておりません。付近を逃亡していることも考えられます。被疑者は警察官故、拳銃を携行している事も考えられます。地域住民の皆様方には、特に外出について充分に注意なされる事を望みます。また、彼と思われる男を目撃した際は近寄らず、速やかに警察まで通報ください。警察は被疑者の逮捕に全力を上げてまいります。地域住民の皆様のご理解とご協力をお願い致します。今般、警察内部からこのような重大事件の被疑者を出すに至った事に対して誠に申し訳ございません。」

朝倉はマイクを置き、再び立ち上がって騒然とする報道陣に向かって深々と頭を下げた。

「えー警察からの事件に関する説明はこれで終了です。記者の方々の質問をこれより受けさせていただきますので、質問のある方は挙手にてお願い致します。こちらから指名致しますので質問してください。」

進行役の職員がこう言うと、会見場の報道陣は一斉に手を挙げた。その中から一名の記者が指名される。

「毎朝新聞の林です。現役警察幹部が起こしたと見られる連続殺人事件ということですが、まず容疑者はどのような人物なのでしょうか。また、国民の治安を守るべき警察という組織から、このような重大事件の容疑者を出してしまったことについて、警察としてどのような責任を取るつもりなのでしょうか。」

これに対して朝倉本部長が答えた。

「えー被疑者である一色貴紀ですが、その勤務実績は極めて優秀であります。また、当警察本部内での評判も良い模範的な人物でした。特にこれと言ったトラブルのようなものも抱えている様子はなく。私どももこの件に関しては慎重に捜査致しました。しかし今回物証等を総合的に分析した結果、彼を被疑者と判断致しました。現在はその逮捕に全力を挙げております。現役の警察幹部が被疑者ということに関しては、過去にも例のない事態であることから正直申しまして非常に困惑しております。また、我々警察の責任に付いてですが、先ずは被疑者の確保が先決と考えております。事件の解決に一定のめどがついた段階で、私としては何らかの責任を取ることを考えております。」

質問は続く。

「東京テレビです。えー冒頭、事件発生から記者会見まで時間を要したことに付いて本部長からお詫びとしてのコメントがありましたが、やはり容疑者が現役警察幹部であるということで警察内の調整に時間がかかったことが要因であると考えて良いのでしょうか。」

この質問には別所警務部長が簡潔に答えた。

「はい。そのように受け止めてくださって結構です。」

「北陸新聞の黒田です。えー事件発生当時から容疑者とは連絡がとれなかったのでしょうか。容疑者である一色貴紀は現役の警察幹部です。連絡がつかない時点で不審だと思わなかったのでしょうか。また緊急時の連絡体勢や職員の所在を把握する点に付いて不備はなかったのでしょうか。」

警務部長の別所は一瞬眉間に皺を寄せた。朝倉の顔を見るとかれは頷いている。別所は朝倉の意図を組んだ形で、一切の情報を包み隠さず報告した。

「警察においては事件発生時には必ず警察無線でそのことを知らせる体勢となっております。この無線は管内の全警察に伝わります。しかし勤務時間外は緊急の場合のみ担当者および責任者に携帯電話で連絡を取ることとなっています。今回事件が発生した当時、被疑者に対して何度も連絡を取ろうと試みました。しかし電源が切られており一切繋がらない状況でした。そこで彼の住居に警察官を派遣しましたが、既に彼はそこにはいませんでした。職員の所在把握に付いては、プライベートに職員同士がおおよそどういう行動をするかをお互いに把握する体勢となっていますが、これにあまり立ち入るとプライバシーの問題等がありますので極めて難しい問題です。当県警では警察官の私用車にもGPSを搭載しその所在の把握を行う計画がございますが、現在のところまだそれは実現しておりません。現在は被疑者が所有する携帯電話から発生される微弱な電波をキャッチすることで彼の位置情報を取得するよう務めておりますが、それも昨日の20時から電源が切られておりその特定には時間がかかる状況となっています。また、連絡がつかなかったことに不審を抱かなかったかとの質問でしたが、不審というよりも一体どうしたんだろうかと、純粋に不思議に思っただけでした。今までの彼の仕事ぶりのなかで、連絡がとれないということは前例が全くなかったからです。」

質問した黒田記者はどこか合点が行かない表情だったが、これ以上質問はしなかった。
この後も質疑応答が続いた。時計が10時40分を指す頃に会見は終了した。

現在警察内において明らかになっている情報を全て公表し、今後も新たな情報が入り次第公表することを約束することで、紛糾するかと思われた記者会見は案外スムーズに終了し、記者たちは会見場を後にし始めた。

会見席に座っていた朝倉たちも席を離れようとしたとき、総務課の職員がこちらに足早にやってきて中川課長に耳打ちした。

「松永理事感が署長室にお見えです。本庁から十名のスタッフを連れてきています。11時から捜査本部で会議を開きたいとのことです。」

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2019年04月11日

8,12月20日 日曜日 9時38分 本多善幸事務所



「ありがとうございます。これもひとえに支えてくださった皆様のお陰です。」

村上隆二は代わる代わる顔を出す支援者達に平身低頭だった。

「先生にはもっと頑張ってもらわんとな。」
「地域の活性化に全力を尽くしてくれ。」
「夢を現実にして欲しい。」
「次は総理大臣やな。」

などと様々な要望を本多の代わりに村上は受け止めた。

支援者の大半は建設業界関係者。今回の本多国土建設大臣誕生は多いに期待するところである。
折からの不況と公共工事の予算削減の中、この業界では極めて厳しい風が吹いている。

当選当初から本多善幸は北陸新幹線建設促進会に参画。石川、福井、富山、新潟、長野、群馬の各県の代議士や自治体の首長たちと連携をとって長年政府に働きかけを行ってきた。そして民政党幹事長時代に着工にこぎ着けた。

ついに今回政府の公共事業部門のトップに上りつめた。今後はこの超大型事業の流れを絶やさぬよう、迅速にそして確実に工事を進めて行く。それが彼の議員人生の集大成でもある。いまこそこの公共事業を通じて財政出動を行い、デフレに陥ってしまった経済状況に刺激を与える。財政再建路線によって活力を失いかけている地域に元気を取り戻させ、新たな雇用も創出するのだ。
これが大義名分だ。考え方は決して間違ってはいない。

だがそのようなマクロ的な視点を支持者は期待しているわけではない。目先の仕事にありつけるかどうか。これが関心事であった。
つまり、

「先生にはもっと頑張ってもらわんとな」という言葉は「もっと地元に仕事を回してくれ」ということでもある。
また、「地域の活性化に全力を尽くしてくれ」は「国の税金を地元に落とすよう全力を尽くしてくれ」ともとれる。
「夢を実現してほしい。」の夢は国民総意の夢というより、むしろ北陸新幹線整備に関わる特定業者および関係団体の夢と置き換える事が出来る。
また「次は総理大臣。」という声はそれに就任する事で、この計画の更なる予算充実を図って欲しいとなる。

国会議員は国民の代弁者という。しかし支援者と言われる人間のほとんどが特定の業界関係者であり、議員自身も必然的にそういった連中とばかり顔を会わせる事となる。実情がそうだから世間一般では「国民目線での政治」と言っても説得力は無いに等しい。一部の人間の代弁者としての色彩が濃くなるのである。

村上は国会議員の秘書という仕事を通じて、そのギャップを肌身で感じていた。彼は彼なりの理想を抱いて地元選出の衆議院議員である本多の門を叩き政治の世界に飛び込んだ。しかし現実は厳しいものだった。愛犬の世話や家の掃除等の身の回りの世話から始まる秘書生活はまさに丁稚奉公だった。独特の閉鎖的社会における人間関係にも苦労をした。そんな中、彼はある段階で私心を捨てて働くことを決意し、自分の信条をねじ曲げてでも本多のために様々な策を講じて尽くすことにした。それもこれも自分の信ずる大義を実現するためだった。

秘書になった当初の三年間は苦悩と葛藤の日々で何度も逃げ出そうと考えた。しかし気づけば秘書歴十二年。同じ秘書の中では異例の早さで二年前から選挙区担当秘書を任されている。選挙区担当秘書の働きは議員の当落を決定する極めて責任が重いポジションだ。村上は目的を完遂するために、地元において後援会組織等を統括し本多の分身として振る舞い、時には彼の影となり本人では出来ない汚れ役も進んでやってきた。

「先生はいつ金沢に戻られるんだ。」

支援者のひとりが村上に尋ねた。

「はい、本多は一刻も早く皆様にご挨拶を申し上げたいとの事で本日16時にこちらに駆けつけます。」

「そうかそうか。」

満足そうに男は大きく頷いた。
本多の支援者は自分が本多善幸という議員を作り上げてやったと思っている人間が多い。だがそういう者に限って政治資金の寄付はたいしたことは無いものだ。こういった人間は自尊心が非常に強い。常にこちらは下手に出て相手を持ち上げるに限る。

「そのことはちゃんと後援会に伝わってとるんか。」

―この男は仕切りたいタイプか。ならば先に謝っておいた方が良い。

「大変申し訳ございません。そのことは今日の未明に決まったことなので未だ連絡は致しておりません。ただちに各後援会に連絡させていただきます。」

「うむ、わかった。わしも皆に連絡しよう。」

その男が事務所を後にするとぱったりと来客者はなくなった。来客者の第一波が過ぎたようだ。村上は事務所の休憩室へ向かい、そこに用意されているソファに深く座った。

「ふぅ。」

自然と声が出た。しばらく天井を見つめた。そして目を瞑る。一瞬で睡魔が彼を襲ってきた。村上はそれを払いのけるように立ち上がり、テーブルにおいてあるリモコンを使ってテレビをつけた。
テレビでは「ひとり千円で目一杯楽しむクリスマス」なる特集をしていた。
クリスマスと言えば一年で一番財布の紐が緩むと言われる時期である。近年の経済不況は国民生活に影響を与えており、クリスマスにおいてもそれは例外ではなかった。

―だったら無理してクリスマスなんかしなくていいじゃねぇか。

どうにかこうにか消費マインドを喚起させようとするメディアの特集内容に村上は呆れた。

―おめでてぇな。

村上は大のマスコミ嫌いだ。そしてその嫌いな連中が流す情報に踊らされる一部の人間も忌み嫌った。村上は情報の受け手に思考をストップさせ、世論を意図的に形成できる力を持つテレビという媒体を特に嫌っている。
特集は東京で今年注目の格安クリスマス商品とイベントを数点列挙して終了していた。

「えー、ここで再びニュースをお届けします。捜査本部が置かれている金沢北署の氏家さんと中継が繋がっていますので呼んでみたいと思います。」

メインキャスターはそう言って画面が中継現場に切り変わった。画面の左上部の小さな画面にメインキャスターの顔が表示されている。氏家というリポーターは金沢北署をバックにマイクを持って立っている。

―はぁ?北署じゃねぇか。何があったんだ。

村上は見覚えのある風景がテレビに映っていることに驚いた。

「氏家さん。その後新しい情報は入りましたか。」

リポーターはそれに答えた。

「はい、私は現在今回の事件の捜査本部が置かれている金沢北署の前にいます。ご覧の通り、記者会見が行われる十時を前にして各局の報道陣が続々とこちらに集まっている状況です。私ども報道関係者には事件の概要は事前に警察側から伝わっていますが、今回重大な発表があるとのことで十時の記者会見を待っている状況です。」

画面左上のメインキャスターがリポーターに尋ねる。

「氏家さん。重大な発表があるということですが具体的にどういった発表であると思われますか。」

「はい。えーおそらく事件の捜査について大きな進展があったと思われます。それは会見で明らかにされることと思いますので、現在のところその詳細に付いては未だ解っておりません。」

「そうですか。氏家さん、今回の事件は凄惨なものですが、地元の皆さんの様子といったものはどうでしょうか。」

「はい。今回合計四名の被害者が出ているとのことで、ここ金沢市においては過去に類を見ない重大な事件で、地元住民の間では不安の声が上がっています。ある六十代の地元住民は『信じられない。こんな地方都市でもこのような事件が起こるとは思っていなかった。今後は外に出歩くのを控えようと思う』と言っていました。」

―なんだ、なにが起こったんだ。

この時点で村上の眠気は吹き飛んでいた。

「そうですか、ありがとうございます。また新しい情報が入りましたらお伝えください。」

右上のワイプに収まっていたメインキャスターは全画面で表示される。

「えー今日金沢市で四体の遺体が発見された事件に付いてお伝えしました。記者会見の模様は随時お伝えしていきます。では次はスポーツの話題です。」

村上はテレビを消した。

―マジかよ。でかい事件だな…。被害者は誰なんだ。

村上は踵を返して仕事場に戻り、詰めているスタッフに事件が発生したことを伝え、被害者が明らかになった時点で、弔電および弔問の手配を行うよう指示した。


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2019年04月04日

7,12月20日 日曜日 9時08分 佐竹宅



朝目覚めると佐竹は激しい頭痛に襲われた。今になって昨日の痛飲の反動がやってきた。せっかくの休日だが、このまま眠っていてもいい。
休日故デートといきたいところだが、あいにく今は相手がいない。

この年齢になって地方都市での独身生活というものは結構応える。周囲は殆ど皆結婚しているし、気安く誘う訳にも行かない。それにこれと行った用件もないし娯楽も無い。

昔は特に用事もなく気の合う連中が集まってドライブに出かけたり、街へ飲みに繰り出していたが、不思議なもので年齢を重ねると友人を誘い出すのに大義名分が必要になってくる。結婚し子供がいるような家庭ならばなおさらの事だ。

佐竹は昼過ぎまで再び寝ようとした。
目を瞑ったがなかなか眠りにつけない。追い打ちをかけるように自分の脳がいろいろなことを勝手に考え始めだした。

二十四時間後には一週間が始まってしまう。有限な時間は自分にとって有益に使わなければ損だ。惰性で生活していては現状からの変化は望めない。
昨日、後輩である服部の結婚式に参加していて自分がそう思った事を思い出した。

どういった変化を望むのか。仕事のスキルアップかそれとも結婚か。
しばらく考えたがこの二つしか頭に浮かばない。そんな自分に落胆したが、これが自分だと割り切った。

どちらも望むところだが、仕事において佐竹は順調だ。金沢銀行に入行して14年。現在駅前支店の支店長代理になっている。別に猛烈に仕事に取り組んできた訳ではなく、資格試験を積極的にパスしてきた訳でもない。ただ単にこの金融機関の仕事が自分に合っていた。結果、今日がある。特に野心を持ち合わせていない佐竹には、これ以上仕事に求める事は無い。

―となると結婚か。

しかし正直、結婚願望は無い。それをする事で何が幸せなのか解らない。昨日の結婚式で新郎の服部が新婦を一生守っていくと言っていたが、そのような全責任を請け負う気持ちを女性に対して持った事が無い。
不確かなものを婚姻届という契約と扶養という義務で形式上確かなものにする。そういった事でしか結婚の意味を汲み取る事ができない佐竹には、それは将来の人生設計の担保にすらならないと考えていた。

―(結婚は)無いな。

次から次へと自問自答してしまうこのような状態では眠りにつくことなどできない。寝る事を諦めた佐竹は体を起こして洗面所に向かった。おもむろに歯を磨き始め、ブラシをくわえたままリビングへ戻りテレビのスイッチを入れた。テレビでは全国ネットの朝の情報番組が流れていた。

金曜日に行われた内閣改造による新しい顔ぶれの紹介をメインキャスターが報じ、数人のコメンテーターがそれに対して論評していた。彼らは新鮮味がないとか、旧態依然とした顔ぶれ、派閥均衡人事、お友達人事と好き放題に論評している。確かに六十代後半以上の世代ばかりで構成されたこの内閣に新鮮味はない。話題性が特にないこの内閣改造で敢えて注目するならば、石川県出身の代議士本多善幸が国土建設大臣に就任したことだろうか。
本多は当選六回の与党民政党のベテラン議員であり、時期総裁候補と目される人物でもある。

この本多は佐竹にとって全く関係のない人間ではない。彼は佐竹が勤務する金沢銀行の専務取締役の本多慶喜の実兄でもあるからだ。
政治に全く関心を示さない佐竹であったが、本多の動きは注視していた。確かに役員の実兄であるという事情もあるが、それよりも佐竹の親友である村上が本多善幸の選挙区担当秘書を勤めていたためだ。

―国土建設大臣か…。

国会議員の本多善幸と金沢銀行の本多慶喜は金沢の総合建設業「マルホン建設株式会社」の創業者である本多善五郎の息子である。

マルホン建設は公共事業を主とした建設土木工事を生業としている。5年前より政府は財政再建路線の立場を取り、公共事業の見直しを図っている。この政策の影響をもろに受けたのは建設業界だった。契約金額は減少し、受注量も激減した。今までに財務状況が悪化し数々の会社が倒産した。マルホン建設の財務状態も例外ではなく、二期連続の赤字といった状況だった。
そのなかで突然、この日本全体を不況の波が襲った。これは建設業界にとってはダブルパンチだった。今までに無いスピードで会社の倒産が続いた。

このまま財政健全化を加速させていくと、さらに建設業界は危機的な状況に陥ってしまう。建設業界の望みはこの政策転換であった。
マルホン建設は佐竹の勤務する金沢銀行駅前支店の顧客。佐竹はこの会社の担当者でもある。融資の実行の権限等は当然支店長以上の役席にあるが、佐竹も現場でその財務諸表に目を通しているので内情は解っている。また、マルホン建設に主として訪問するのは佐竹なので、会社内の雰囲気は誰よりも彼が知っている。

現在、金沢銀行のマルホン建設における債権の一部は貸出条件緩和債権となっている。金沢銀行における自己査定区分では要注意先であるが、今後の業況によっては破綻懸念先へと格下げしなければならない厳しい状況にあった。慢性的な債務超過体質がマルホン建設の財務状況を圧迫している主たる要因で、その状況下で業績不振と不況の波が重なってくると先は見通せない。

今回の新内閣においては従来の財政再建化路線を一旦中止し、積極的に財政出動して公共事業を行う事で、景気浮揚を図るという政策転換を唱えていた。
この流れの中でマルホン建設の創業者の息子が公共事業の総元締である国土建設大臣に就任したことは意味深い事だった。

―これでマルホン建設に仕事が流れるチャンスが出てきた…か。

再び洗面所に戻って洗顔をする。真冬の冷たい水道水は佐竹の顔面を引き締める。

―村上も大変だな。

顔を拭き鏡に映る自分の姿を見ると、頭のあちらこちらに白髪を発見した。それを二三本抜き取ったが、次々に発見されるそれには無駄な抵抗だとあきらめた。

「たった今ニュースが入りました。報道フロアからお送りします」

自分の頭髪に気をとられていた佐竹は振り向いてテレビに目をやると、ひとりのアナウンサーが複数のモニターが並ぶ報道フロアを背に立っていた。報道フロアではスタッフが慌ただしく走り回っている。

「本日未明、石川県金沢市の山中で二体の遺体が発見されました。また、その6時間後の午前6時半頃にも付近で男女二名の遺体が発見され、警察としてはこれらを何らかの関連があるものとして捜査をしています。」

アナウンサーがそういうと画面が代わった。
鑑識と思われる捜査員が暗闇の中、小屋の周辺でフラッシュを焚いて撮影する姿や、指紋を採取する様子、鑑識同士が話す映像が流れた。
アナウンサーはその映像を補うように原稿を読む。

「本日未明、付近住民の通報から石川県金沢市の北東部にある熨子山山中の小屋から男性二名と思われる遺体が発見されました。遺体には数多くの傷が確認されており、警察は二名の身元を調べると同時に彼らが何らかの事件に巻き込まれたものとして捜査をしています。また、それから六時間後の午前六時半頃、始めに遺体が発見された小屋から車で十分程先にある展望台に男女が倒れているとの付近を通りがかった人からの通報により、新たに二体の遺体が発見されました。警察では始めに発見された遺体と、その後発見された遺体の損傷状況が似ている事から、その関連についても捜査本部を設置して捜査をしています。」

映像は一旦終了し、報道フロアのアナウンサーの画面に切り替わった。追加の原稿が画面の外のスタッフからアナウンサーの手元に手渡される。

「えー、警察ではこの事件に関して本日十時から記者会見をするとの事です。本日金沢市の山中で起きた事件に関して十時から記者会見を行う予定です。以上ニュースを報道フロアからお伝えしました。」

画面が先ほどの情報番組に変わる。

「はい、ありがとうございました。えーこの事件に関しては新しい情報が入り次第、番組内でもお伝えしていこうと思います。」

メインのアナウンサーは情報を整理し、席を並べるコメンテーターにたった今入ったニュースについての意見を求めて次のクリスマス特集へと移った。

―おい、ちょっと待てよ。ここ(金沢)の事じゃねぇかこの事件…。

佐竹は自分の住んでいる地方都市で、全国ネットの情報番組に割り込んで報道される事件が起こったことに驚きを隠せなかった。
しかも事件現場である熨子山は佐竹が住むアパートから車で15分程の距離にあり、そう遠くない。

「気持ち悪いな…。」

普段と全く変わらない平和な休日が、たった今伝えられた情報によって佐竹をえも言われぬ不気味な空気で覆った。しかしそれはしばらくして無くなった。テレビというフィルターを通して生成され伝わってくる情報はどこか遠いところの情報のように感じられる。
情報が一方的であるためだろうか。確かに身近で起こった事件であるという認識はあるが実感が湧かない。
佐竹はいつもの休日と同じくトーストとコーヒーを用意した。


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posted by 闇と鮒 at 00:00| Comment(0) | ポッドキャスト | 更新情報をチェックする