2019年05月30日

16,12月20日 日曜日 10時55分 フラワーショップ「アサフス」



朝から振っていた雨は雪に変わっていた。
世間一般では金沢は雪国としてのイメージが強く、十二月の金沢といえば「雪吊」が施された兼六園の風景が有名である。樹木の幹付近に柱を立て、その先端から各枝へ放射状に縄を張り巡らせることで枝を保持する。この雪吊りの威力が発揮されるのは一月半ばから二月にかけて。この間一番雪国らしい天候が続く。昔は十二月の段階で積雪となっていたが、近年は地球温暖化の影響なのか、この時期に積雪といえる程の雪が降り積もる事は無い。

佐竹はアサフスの駐車場に自分の軽自動車をバックで止め、目の前にあるアサフスの店内の様子をしばらく伺っていた。
フロントガラスにいくつもの雪が付き、定期的に左から右へワイパーがそれを除ける。ガラスの右の端にはうっすらと雪が溜まってきていた。アサフスの駐車場には自分以外には乗用車は一台だけ止まっている。佐竹は客がいなくなるのを待っていた。

客と思われる一人の女性が店から出てきたのを確認して、佐竹はエンジンを切り、車から降りてそこへ向かった。

「いらっしゃいませ。」

アルバイトらしき若い女性が店内で作業をしながら声をかけた。
佐竹はそれとなく客の振りをして地面に置いてある花や観葉植物に目をやった。しかし彼はあまりそれらに興味が無いため、その動きに落ち着きが無かった。店に置いてある植物たちに目をやりながら、赤松がいないか確認をするも彼の姿は見えない。

「プレゼントですか。」

女性店員が佐竹に声をかけてきた。
気づくと子豚の形の鉢に三種類程の花が詰め合わせてある商品の前に立っていた。

「ああ、ええ。」
「それ、最近人気があるんですよ。花もかわいいんですけど、子豚の鉢がいいって評判ですよ。お客さんが今見てらっしゃるのはディスプレイ用なんで、もしよろしかったらお好きな花を選んでくれれば、こちらでその豚さんに詰めて差し上げますよ。」

女性は屈託の無い笑顔で対応してくれた。目鼻立ちがくっきりとした佐竹のタイプの女性だった。年齢は自分よりひとまわり若いだろうか。
この瞬間、今日の朝に結婚についてあれこれと考えていた自分の姿を思い出した。

「じゃあ、それと同じやつでお願いします。」

別に誰にあげる訳でもない。ただなんとなく買う気になった。単に佐竹のスケベ心からくるものであることは間違いない。自分の口元がなぜか若干緩んでいるのが分かった。

「ありがとうございます。それじゃしばらくお待ちください。」

そういうと女性は鉢を取りに店の奥へ入っていった。店内には佐竹しかいない状況になった。
電話の音が鳴った。店の奥から店主と思し召しき男が出てきて電話をとった。
身長は百六十センチ程。この小柄な男は、物腰柔らかに電話の応対をしている。彼の頭には白髪が散見された。天地の低い銀縁の眼鏡をかけ、あごひげを蓄えている。

「そうやねぇ、いつご入用ですかねぇ。」

金沢独特の語尾を伸ばす方言で電話の先にいるお客と会話をしている。

「二十五日け。ちょっと待ってねぇ。」

そういうと男は店内をきょろきょろと見渡し、こちらを見て動きを止めた。佐竹と目が合った瞬間彼の顔つきは硬いものになった。ひと呼吸おいて男は目を細めて佐竹の奥の方を見た。佐竹は振り返ると、すぐ側の壁にB2サイズの月表カレンダーが貼ってあることに気づいた。

「うん。大丈夫やよ。そしたら用意しとくし、その日の午前中に配達するさかいよろしくね。」

男はメモを取りながら「ありがとう」と言って電話を切った。

「赤松…。」

佐竹は男の方に寄って行き、彼の名前を呼んだ。

「久しぶりやなぁ、お前も見たんかニュース。」

赤松は真剣な顔で佐竹の目を見た。

「俺も丁度お前に連絡しようと思っとったんや。」
「お待たせしましたぁ。」

店の奥から女性店員が子豚の形の鉢を持ってきた。彼女は佐竹と赤松が向かい合っているところからどちらに言うわけでもなく「お知り合いですか」と声をかけた。

「ああ、俺の同級生。」

赤松が答えた。

「何、これお前買ってくれらん?」
「まあ…。そうだけど。」
「プレゼントだそうですよ。」

本当は別に欲しくもない花だが、何となく流れで買ってしまったなどと言える訳もなくとりあえず佐竹は答えた。

「ありがとうございます。」

そう言って赤松は佐竹を見た後、続けて女性店員を見た。そして先ほどまで真剣だった表情を少し緩めた。

「美紀ちゃん。このお客さんのために特別なラッピングしてあげて。」
「はい。がんばります。」

元気のいい声で答えると、美紀と呼ばれたその女性はその場で花を詰め始めた。

「佐竹、少し時間あるか。」
「ああ。」
「ここじゃ何だから、久しぶりに『ドミノ』でも行かんけ。」
「いいけど、お前仕事は大丈夫なのか。」
「大丈夫や。今ちょっと時間に余裕出たし。」
「そうか。」
「まぁ仕事より大事な事だってあるわい。先に行っとってくれんけ。俺、少し片付けんといかんことあるから、10分位でそっちに行く。」
「わかった。けど、その花はどうする。」
「その時に俺が持っていくから。ああ、お代はそん時で。」

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2019年05月23日

15,12月20日 日曜日 10時35分 金沢北署



朝倉と別所の二人は記者会見を終えて北署の署長室に戻った。
するとそこに二人の男が応接用のソファに座っていた。二人は朝倉と別所に気づくとすぐに立ち上がり名乗った。

「初めまして。刑事局の松永です。」

始めに挨拶をしたのは中肉中背の年齢は三十代後半~四十代前半と思われる男の方だった。
朝倉ははじめてその男を見た時に不快感を覚えた。襟と袖だけ色の違うクレリックシャツを身に着けた松永の胸元は第二ボタンまで外されていた。
彼は朝倉に手を伸ばし握手を求めた。

―これが上司に対する挨拶か。

渋々松永と握手をしたが、朝倉は眉間に皺を寄せ不快感を露にした。

「すいません。私のスタイルはお気に召さなかったですか。申し訳ございません。」

松永は朝倉の気持ちを察しそれとなく自分の行動の弁護をした。しかし朝倉はその言葉自体が嫌みにしか感じられず、無視をしてソファに座った。
松永は次いで別所と軽く手を握り自分の側近である関を二人に紹介した。関は松永とは違い、丁寧に挨拶をした。

「松永の補佐をしております関と申します。よろしくお願いします。」
「よろしく。」

朝倉は座ったまま関に対しては軽く会釈をした。
松永と関。対照的な人間が自分の前に座っている。松永の口元は若干上がり気味で、何やらにやにやとした表情であるのに対して、関はその表情に変化が見られない。身なりも松永はカジュアルなのに対して関はスリーピースのスーツと固い。見た目では関の方が上司に見える。

「本部長。」

前屈みになるように松永は自分の顔を朝倉の方へ近づけた。こっそりと話したい事がある人間は、自分の身や顔を近づける。しかし彼のその表情は相変わらず笑みを浮かべている。朝倉は気味が悪かったのでそのままソファに深く座った体勢で彼の言葉に耳を傾けようとした。

「勝手な事をされては困りますな。」

松永の表情は険しいものとなった。

「今後、この事件の捜査の全権は私が握ります。あなたはこの捜査に一切関与していただきたくない。おとなしく外野から見守っていてください。」

唐突だった。

「松永、貴様こそ誰にその口を叩いている。貴様こそ勝手な事をほざくな。」

はじめて松永を見たときから、その挨拶の仕方や身なりに嫌悪感を覚えていた朝倉は、階級では下にあたる彼の物言いにとうとう頭に来た。

「これは察庁の意向です。あなたこそ変な正義感を持ち出して勝手な事をしているではないか。」
ドスの聞いた声で松永は朝倉を睨みつけた。そして関に「おい」と合図をすると、彼はおもむろにバッグの中からノート型パソコンを出し、数回キーボードを
叩いて朝倉にその画面を見せた。

「これを御覧ください。」

メールが画面に映し出されていた。官房総務課長の宇都宮からのものだった。
朝倉と別所はそれに目をやった。件名は『先程の件について』である。

松永殿 

先ほどの県警の記者会見は大変残念である。
上意下達の意思決定システムに支障を来すような事があっては
警察組織の混乱を招く恐れがある。
ついては君に今回の熨子山連続殺人事件の総指揮をとってもらいたいというのが上層部の意見だ。
朝倉本部長の重大な命令違反についてはけいさつにおいて厳正な処分を行う予定だ。
それまで彼にはこの事件に関する一切の関与も認めない。
そのように彼に君の口から伝えておいてくれ。
追って私からも彼に直接問いただす。
事件の早期解決に期待をしている。

「まぁこういう事ですよ。本部長。」

メールを読む目の動きが止まったのを見計らって、松永はあっさりと言った。
朝倉はじっとパソコンの画面を見つめている。

「当然、今回の件の全責任は本部長にありますが、警務部もその重大な連絡が不行きであった点でお咎め無しとはいかんでしょうな。」

別所の顔は引きつった。額には汗がにじんでいる。

「おまえは刑事局の人間だろう。」

パソコンの画面の影から朝倉は鋭い眼光を光らせ松永を睨んだ。

「そうですがなにか。」
「刑事局の人間がなぜ官房から直接指示を受ける。」
「私は事件の捜査に関して刑事局長に委任されてきましたので、その手の指揮系統のご質問についてはお答えしかねます。おい関、あれを見せてあげなさい。」

松永がそう言うと彼の隣に座っている関が再びバッグを開き、中から一枚の紙を取り出した。
A4一枚の紙には捜査の権限を松永に一任する旨がしたためられ、捜査第一課特殊事件対策室長、捜査第一課課長、刑事局長の印が押されている。

朝倉はその紙をしばらく黙って見ると深くため息をついて「わかった」とだけいった。
その言葉を受けて松永は先ほどの笑みを浮かべた表情に戻り、ソファに座り直し一礼した。

「ご協力ありがとうございます。」
「ひとつ聞きたい事がある。」

そう言って朝倉は松永の捜査経験について質問した。
どこの馬の骨とも分からない頭でっかちの世間知らずに現場を荒らされては堪らない気持ちがあった。松永は朝倉の質問にひと言で答えた。

「今回がはじめてです。」

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2019年05月16日

14,12月20日 日曜日 10時17分 本多善幸事務所



「また連絡する。」

そう言うと村上は佐竹との電話を切り自分のデスクに戻った。傍にいる女性が東京の事務所から電話がかかってきている旨を告げたので、村上は保留にしてあった電話に出た。

「はい、村上です。」
「お疲れさまです。村上さん、テレビ見ましたよ。」
「あ、ええ。」
「先生からさっき電話があって、地元で起きた事件なので大変心配しているようでした。村上さんに対応を任せると言ってました。」

―任せると言われてから動いていたら遅いんだよ。

「いやぁ僕も地元にいて長いんですが、正直こんなひどい事件ははじめてですよ。とりあえず身元が判明している被害者のお宅には、私かこっちの事務所の人間が行くように段取りしています。先生にはご心配なさらないように伝えてください。」
「それにしても警察幹部の犯行と疑われているようですね。今回の事件。」
「ええ、そのようですね。」
「こっちの方じゃ警察庁がぴりぴりしていますよ。何せキャリアですからね、容疑者は。」

村上の頭に一色の顔が浮かんだ。

「キャリアね…。」
「前代未聞の大事件。いったい警察は何やってんだか。」
「確かに。」
「犯人は未だ行方知らず。村上さんも注意してくださいよ。」

電話の内容はどうでも良いものだった。ただ、この電話で世間が容疑者=犯人として扱われている現実を知った。
まだ一色は容疑者である。
犯人は一色であると決まった訳ではないのに、世の中がそう動いている。情報の伝播の早さと何の疑いも持たず決めつけで行動する人間の怖さを村上は感じ取っていた。

「村上さん?聞いてます?」

うわの空だった村上は野田と話していた事を思い出した。

「村上さん。先生は十四時二十五分羽田発の飛行機でそちらに向かいます。十五時小松空港到着の予定に変更はありませんので、車の手配をよろしくお願いしますよ。」
「あ、はい。」
「どうしたんですか、村上さん。なんか変ですよ。」

村上は電話を切ると両目の鼻の付根を指でつまんで目を瞑った。自分は少し疲れている。
今日の段取りを部下に指示すると村上は事務所を後にした。

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13,12月20日 日曜日 10時21分 フラワーショップ「アサフス」



アサフスは金沢市田上の山側環状線沿いにある生花店である。

田上は熨子山の麓にある国立大学を中心とした学生街で、近年開発が進んでいる地区である。赤松剛志はここに生まれ育った。今は二代目社長としてこの店の切り盛りしている。アサフスの創業者である剛志の父は、六年前突然の不慮の事故で他界。当時、京都の大手メーカーに勤務していた赤松はそれをきっかけに妻の綾と一緒にこちらに戻ってきた。当時は花屋の仕事について無知に等しかったのだが、最近は同業の連中に板についてきたとなんとか認められるようになってきた。

赤松は今日の晩に執り行われる葬儀用の花の手配に追われていた。花屋にとって葬儀会社や結婚式場は上得意先である。そのためミスは許されない。赤松は電話で得意先と何度も確認をし、飾り付けをした花に誤りが無いか入念にチェックした。
継続的に大口の発注が出るこれらの会社を赤松は自分でコンスタントに開拓している。そのためアサフスはこの不況時においても仕事量は増えており、そんな中で赤松は忙殺されていた。

通帳の記帳で銀行に行っていた妻の綾が足早に店に戻ってきた。傘をたたみダウンジャケットについた雨の雫を払ってブーツを脱いだ。

「ただいま…。」
「お疲れさま。銀行混んどったけ?」

綾の顔も見ずに赤松は伝票を手書きで起票しながら答えた。

「綾?」

返事が無いことに気がついた赤松は手を止めて彼女の方を見た。
綾は赤松と目を合わさず、カバンを金庫にしまった。

「おい。どうしたん綾。」
「剛志…テレビ見た?」
「え?」
「テレビ見た?」
「いや…見てない。どうした?」

綾はリモコンを手にして部屋のテレビをつけた。

「それにしても残忍な事件ですね。」
「はい。警察の発表によると被害者である4人のうち2人は同じ職場の交際中の男女ということです。ひょっとすると容疑者はこの被害者である女性に何らかの好意を抱いていて、ストーカー行為に及んでしまった可能性も捨てきれませんね。」

テレビでは犯罪心理学者といわれる人物が、司会者の質問に答えていた。

「ですが先生。そうなるとこのカップルの他の2人はどうなるんですか。」

こう言って司会者はフリップを出した。
そこには間宮孝和と桐本由香の名前が書かれ、写真が貼り付けられていた。

「え…?」
「そうですね。ひょっとすると行きずりの犯行かもしれません。」
「ということは犯人はこの桐本さんに好意を抱いていて、その交際相手もろとも殺害し、ついでにまだ身元が明らかになっていない人間を2人殺したと?」
「き…桐本…?」
「ええ。サイコパスの要素を持っているとすればあながち不思議でもありません。」
「え...綾...この桐本って...。」
「由香ちゃん...。」
「そ...そんな...。」

流し台の前に立っていた綾の肩は震えていた。
桐本家は赤松家と同様、田上の土着の家だった。田上は、その住人のほとんどが元々は農業を生業とする普通の田舎町だった。それが環状線が開通する事で区画整理がされ、住民たちのほとんどが不動産オーナーになるなどして農業を棄てた。だが昔ながらの田舎特有の繋がりは依然として強固な地域であり、赤松は同じ町会の桐本家の長女由香をアルバイトとして二年間雇ったことがあった。

「なんで…。」

綾は顔を覆って泣いていた。
こんな時はすぐに彼女のそばに寄って、何も言うこと無く抱きしめてやれば良いのだが、それ以上にショックが大きくそこまで気が回らなかった。
赤松はテレビ目をやった。
司会者とコメンテーターと思われる男が話をしている。

「大変深刻な事態になってきましたね。」
「はい。現在のところ現役の警察幹部が容疑者として手配されているそうですが、仮にこの男が犯人であると立証されると、前代未聞の事態となります。本当に信じられません。」

―警察幹部?

「確かにこれは絶対にあってはならない事件ですね。とにかく容疑者の一刻も早い逮捕を望むところです。ではここで再度容疑者の情報をお伝えします。」
容疑者の顔写真がインサートされた。赤松はその写真を見て絶句した。
「え…。」

火にかけてあった薬缶から勢い良く蒸気が吹き出していたが、相変わらず綾は流し台の前に立って肩を震わせ泣いていた。赤松はテレビに目を向けながらその火を消し、綾のそばに立ち彼女の肩を引き寄せ、弱々しく言葉を発した。

「綾…。」

赤松の自分を呼びかける声に我を取り戻したか、彼女は涙を手で拭い彼の顔を見た。赤松の視線はテレビに向いたままだった。そして彼はその方に向けてくいっと顎を上げた。綾は促されてそちらの方に向いた。

「俺、こいつ…知ってる…。」


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2019年05月09日

12,12月20日 日曜日 10時10分 北陸タクシー株式会社駐車場



「ふわぁ~。」

大きなあくびをしている間は、無の境地を味わうことができる。
北陸タクシーのドライバーである小西規之は今しがた車庫に帰ってきたところだった。この仕事に関しては二十年のベテランであるが、やはり普通と違うバイオリズムでの仕事は、五十八を過ぎたこの体に鉛のように重い疲労感を与えてくれていた。
小西は車からゆっくりと降り、自分の腰をさすりながら事務所の方に向かった。今日のアガリを事務所に入金し、タイムカードを押して一分でも早く帰宅したい気持ちだった。そんな小西を背後から呼ぶ声が聞こえた。

「ノリさーん!」

振り返ると恰幅のいい男がこちらに向かって手を振っている。身長は百七十センチぐらい。体重は見た感じで百キロ相当ありそうだ。彼のベルトはいつものように腹に隠れて見えない。冬の北陸は上着なしではかなり寒い季節であるが、彼は長袖のシャツを腕まくりして着ていた。小西の後輩の南部達夫だった。彼は巨体を揺らしながら小西の側にやってきた。

「なんや?」
「いやぁ最近さっぱりでさぁ…。ノリさんはどう?」

近くに寄って初めて分かることもある。この寒い季節に南部は額に汗をかいていた。

「どうって…。全然だめやわいや。不景気や。」

そういうと小西は腰をさすりながら、再び事務所の方にむかってゆっくりと歩き始めた。南部も彼と肩を並べて歩いた。

「ほんとに最近は長距離ってないよね。」
「そうやなぁ…。少なくなったなぁ。」
「これって、やっぱり景気のせいなのかな?」

南部は地元の人間ではない。
彼は十年前に勤務先の会社が倒産し、それがもとで離婚。行く当てもなく石川県に来た時、小西の運転するタクシーに乗車した。それが縁で現在小西と同じ職場で仕事をしている。
関東出身であることは話し方で分かるが、どこの出身かは誰も知らない。それ以上のことは誰も聞かなかった。

「んーでも羽振りがいいところもあるしなぁ。」
「この時代に儲かってるってどこの会社?」
「いやぁ、ここらへんの会社はたかが知れとる。やっぱり東京のほうは会社は違うんやろう。」

二人は事務所の事務員に現金の入ったポシェットを渡して、タイムカードを切った。時刻は十時十三分だった。

「いやな、昨日のお客が言っとったんや。」
「東京の客?」
「いや、ようわからんけど、やっぱり東京のほうが銭になるんやと。そのお客は何が金になるかは言わんかったけどな。」
南部はハンカチを取り出し、自分の額をそれで拭った。
「ふうん…。で、そのお客さんは羽振りよかったの?」
小西はそっと手のひらを南部に見せた。

「五千円?」
「だら。五万や。」
「えーっ!!」
「しーっ。大きな声出すなや。みんなに感づかれるやろ。」
「…え?どこからどこまでだったの?」
「小松空港から金沢まで」

そう言うと小西は自分の腰をさすりながら周囲を見渡した。今気づいたのだが事務所の皆がテレビを見ている。小西もつられてそれに目をやった。見覚えのある建物の前にひとりのレポーターが立っていた。

「何やこれ。北署やがいや。」

誰に言う訳でもなく小西はそう言った。四十歳前後の女性事務員がそれに応えた。

「ノリさん、知らんが?」
「何が?」
「昨日の夜中に熨子山で殺人事件があってんよ。」
「はぁ…?熨子山って、あの熨子山か。」

小西は事務員の横にある空いた椅子に腰をかけた。

「そうやぁ、4人も殺されたんやって。」
「え…おい、ちょっと待てや。ワシ…昨日熨子山に客乗せてったぞいや。」

小西はそう言うと持っていた運転日報を事務員に見せた。

「うそ…。」

事務員は驚いた表情で小西を見た。そのやり取りを何となく聞いていた周囲の社員達が小西のそばに寄ってきた。
事務員は小西の日報を指でなぞりながら確認をする。そこには十八時十五分に小松空港で一人の客を乗せて、十九時三十五分に熨子町でその客を降ろしている事が記載されていた。

「ノリさん乗せたのこいつ?」

傍にいた南部がテレビの方を指差した。そこには眼鏡をかけた男が写っている。

「こいつ現役の警察官だってさ。ありえないよね。」

小西はその男の顔を見るとしばらく考えた。

「いや…よう分からんわ。なんちゅうか…ワシが乗せた客はサングラスしとったから何とも分からん。」
「でもノリさん、あの容疑者って、夜の七時まで仕事しとったってさっき言っとったから、ノリさん乗せたその人と多分違うと思う。」

女性事務員がそれとなく小西を擁護する。

「いやぁ分からんぞ。ノリさん、そりゃ警察に言った方が良いんじゃねぇか。」
「そうだよ、関係なくても情報提供はした方が良いぞ。」

小西の周囲はたちまち騒然となった。

「なんや…えらいとばっちりやな…。」

遠くの方でこちらのやり取りを見ていた部長が小西を手招きしている。小西は別に自分では何の悪い事もしていないのだが、すごすごと身をすくめてそちらの方に移動した。

「ノリさん。明日は休め。」
「部長、どういうことですか。」
「俺から社長に言っとくから、いまそこで言っとった事ちゃんと警察に言えぃや。」
「でも部長…。」
「心配すんな。ちゃんと有給にしとくから。」

部長はそう言うと声を小さくして付け加えた。

「今晩はその客から貰ったチップで飲んで、明日はちゃっちゃと警察に行ってこい。」

部長は先ほどの南部とのやり取りをしっかりと見ていたようだ。

「すんません。じゃあ明日はよろしくお願いします。」


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2019年05月02日

11,12月20日 日曜日 10時10分 佐竹宅



―どれもこれも景気の悪い話ばかりだな。

広げた新聞には世の中に対する悲観論が充満していた。

今度の内閣人事に関する分析と課題についてばっさりと斬り捨てられた政治面。

デフレによる景気後退。それに伴う消費の低迷はますます深刻さを極めつつあるとする経済面。

所得や雇用の格差に関する社説。

親が子供を殺したという殺人事件が大きな枠を占領している社会面。

この世は救われることのない、苦しみばかりの地獄であると言わんばかりの紙面だ。

地獄の原因は政策の失敗であるそうだ。現政権を打倒することが唯一の問題解決方法らしい。

だが、現政権を打倒してどのような舵取りを期待するのか。

野党から具体的な政策提言はなにもない。
とにかく現状をぶっ壊せば何か良くなる。
こんな論調が新聞紙上にも世の中にも蔓延していた。

―こんな新聞毎日読んでいたら頭が変になる。

そう思って佐竹はそれをしまい、テレビに目をやった。チャンネルは先ほどと変わらない。

テレビではアイススケートの大会で優勝した選手のそれまでの軌跡やプライベートの様子を解説つきで伝えていた。しかし突然画面が切り替わってメインキャスターが映し出された。

「えー先ほどの金沢で起こった殺人事件について、新しい情報が入ったようなので現場から中継でお伝えします。」

画面が切り替わり、先ほど中継で出演していた記者がマイクとノートを持ってこちらに向かって立っていた。彼の背後には金沢北署。署内の会見場から走ってきたのか、彼の息は切れていた。

「はい。先ほど行われた警察の記者会見で衝撃の事実が明らかにされました。」

ーは?なんだそれ。

レポーターが興奮した様子でそう言うと即座に一枚の顔写真がテレビの前に映された。
写真の彼はその眼鏡の中の瞳で、佐竹をじっと見つめている。

「容疑者は一色貴紀。36歳。県警察本部刑事部長。現職の警察官です。」

その言葉を聞いて佐竹は一気に血の気が引いた。

「え…。」

言葉が出なかった。画面から伝わってくる鉛のような重量級のエネルギーが彼を包み込む。体が動かない。金縛りとはこういう状態を指すだろうか。
テレビの向こう側の記者とスタジオのメインキャスターは質疑応答をする。

佐竹は近くにある棚の上の写真にゆっくりと目をやった。
その写真には自分を含めた高校時代の剣道部のレギュラー五人が写っている。五人の真ん中に蹲踞の状態でこちらをまっすぐ見つめる男がいた。

「そんな…馬鹿な…。」

剣道防具の垂には一色の名前が刻まれていた。
佐竹は再びテレビを見た。テレビでは容疑者は拳銃を携行している恐れがあるという事で注意を促していた。そして時々容疑者の顔写真がインサートされる。
突然携帯が震えた。佐竹はそれを手に取った。村上からだった。

「もしもし。」
「おう、俺だ。おまえ…今…テレビ見ているか。」
「お…おう…。」

村上と話すのは三週間ぶりだ。声色から彼も動揺しているように感じ取れた。

「これって…一色だよな。」
「あ…あぁ。」

もう一度画面に映っている写真と自分の部屋に飾ってある写真を見比べてみる。
テレビに映る顔写真は昔の写真の人物の面影を色濃く残している。

「そうだと思う…。」
「やっぱり…。」

二人の間にしばしの沈黙が流れた。テレビが事件の事をひととおり伝え、別の話題に移った時、村上が口を開いた。

「なぁ…どうする…。」
「どうするって…どうしようもねぇよ…。」

自分以上に村上は動揺している。そう思った佐竹はテレビを切り立ち上がってブラインドの隙間から外を覗いた。雨が降ってきていた。

「あの…村上さぁ…。お前あいつと連絡とってんのか。」
「ん?誰だあいつって。」
「一色だよ。」

数秒前と違ってやけに冷静な自分になっている事に佐竹は気づいた。

「いや…とっていない。何だ。」
「いやな…あいつ警察官だったって俺、いまテレビ見てはじめて知った。」
「あぁ…俺もだ...。」
「金沢にいるってこともはじめて知った。」
「ああ...。」
「だからその程度の付き合いの男なんだよ。」
「え?何だお前、その冷めた言い方は。」

先ほどまで動揺していた村上の言葉に多少の怒気が含まれていた。佐竹はそれを無視した。

「なあ、今はそんな事で動揺している場合じゃねぇだろ。」
「どういうことだ。」
「お前も俺もなんだかんだって忙しいんだ。高校時代にちょっと付き合いがあった程度の友人の心配なんかするよりも自分のことを考えたほうがいいんじゃね。」

携帯の向こうで村上を呼ぶ女性の声が聞こえた。

「はっ佐竹。お前ずいぶんと冷てぇ事言うんだな。」
「んだよ。」
「曲がりなりにも高校時代に同じ釜の飯を食った仲だろ。んでそん時の経験は俺らに大きな影響を与えた。お前もそうだろ。」
「それとこれと何の関係があるっていうんだよ。」
「確かに俺はあいつと連絡はとっていない。だけどそんなお前みたいに今は付き合いないから赤の他人だって言い切れんよ。絆ってもんがあるだろう。」
「それでどうするんだ。」
「わからん。これから考える。」
「けっ相変わらず面倒くさい男だな。」

佐竹は呆れた。

「お前がそんなに薄情な男だとは俺は思ってなかったよ。仕事が入った。また連絡する。」

通話を終了し、佐竹は深いため息をついた。そして高校時代の写真を手にとりそれを見つめた。
自分は今まで困難や悩みに直面した時、よくこの写真を見てきた。血のにじむような練習を積み重ねた。部員間でいろいろな軋轢もあった。
しかし結果として全くの無名だった高校が県大会で準優勝する事ができた。目標を持って必死になって何かに打ち込めば必ず結果は伴う。そのことをこの時はじめて体を持って知った。高校時代は佐竹の価値観に大きな影響を与えた時代だった。

しかし、そのかけがえの無い時代を部長として牽引していた男が、重大事件の被疑者として現在捜査の対象となっている。

―何かの間違いかもしれない。

どうしても受け入れがたい。本当にあれは一色なのだろうか。だが高校時代の面影がしっかりと残っている写真に写った彼の表情から考えると同一人物と考えるのが妥当だ。

佐竹は自分の気持ちの整理ができないでいた。村上には突き放した発言をしたが、それは自分の混乱ぶりが表面に出ただけのこと。さっきの発言のように振る舞うことが自分にとってできる唯一の事だともわかっている。一色とは高校卒業時から一切連絡も取っていないし、その方法も持ち合わせていない。そんな疎遠な関係である人間のことを親身になって考える事ができない。村上は絆と言った。絆をもってそこまで一色の事を考える事ができる村上が羨ましくもあった。

―赤松や鍋島はこの事をどう思っているのだろうか。

佐竹は自分と村上そして一色と共に写っている残り二人の事を考えた。

振り返ってみれば、あれだけ皆で打ち込んできたにも関わらず、高校時代の剣道部の同窓会のような催しは一度も開いていなかった。
部長の一色の音頭がなかったからという訳でもなく、何となく燃え尽きた感から自然とお互いが疎遠になっていったためだ。佐竹は村上とは偶然クラスが同じだったせいか、部活を引退後も交流を深めていたが他の三人とは学校ですれ違う時に軽く挨拶する程度だった。そんな中でたまにはみんなで集まるという発想も生まれてこず、何となくお互いがぎくしゃくした感じを持ち、そのまま疎遠となっていった。それから赤松とは今から三年程前に偶然、香林坊でばったり会った事がある。そのときに何となく近況等を少し話して連絡先を交換したが、それ以降どちらからも連絡を取っていない。

―赤松の家は花屋だったな。

自分の得意先にも花屋がいるので、朝早くから夜遅くまで働くその意外なまでの重労働について佐竹はわかっていた。
クリスマスも近くなりポインセチアのような季節ものの花やプレゼント用の花の販売で忙しくなるのはさることながら、葬儀やブライダルを抱えている花屋の多忙さも佐竹も知っている。そういった事情を知っているだけに佐竹は連絡するのに躊躇した。

―行ってみるか。

どうせ自分は何も用事がない。全くの休みだ。あれやこれとつまらない事を考えているくらいならば、外の空気を吸いに出てみるのも良い。そうすれば少しは気持ちの整理もつくだろう。それに現在の赤松もどんな仕事をしているか知りたくなってきた。

佐竹はタンスの中からグレーのニットと白いシャツを取り出した。若干の湿気を帯びた冬のシャツはそれを着た佐竹の肌に冷たい刺激を与えた。冬の着替えは生地の冷たさに対していちいち身構えなければならないので、大変おっくうである。

佐竹は着替えると残っていたコーヒーを飲み干し、車の鍵をもって部屋を後にした。


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posted by 闇と鮒 at 00:00| Comment(0) | ポッドキャスト | 更新情報をチェックする