16,12月20日 日曜日 10時55分 フラワーショップ「アサフス」

16.mp3 朝から振っていた雨は雪に変わっていた。 世間一般では金沢は雪国としてのイメージが強く、十二月の金沢といえば「雪吊」が施された兼六園の風景が有名である。樹木の幹付近に柱を立て、その先端から各枝へ放射状に縄を張り巡らせることで枝を保持する。この雪吊りの威力が発揮されるのは一月半ばから二月にかけて。この間一番雪国らしい天候が続く。昔は十二月の段階で積雪となっていたが、近年は地球温暖化の影響なのか、この時期に積雪といえる程の雪が降り積もる事は無い。 佐竹はアサフスの駐車場に自分の軽自動車をバックで止め、目の前にあるアサフスの店内の様子をしばらく伺っていた。 フロントガラスにいくつもの雪が付き、定期的に左から右へワイパーがそれを除ける。ガラスの右の端にはうっすらと雪が溜まってきていた。アサフスの駐車場には自分以外には乗用車は一台だけ止まっている。佐竹は客がいなくなるのを待っていた。 客と思われる一人の女性が店から出てきたのを確認して、佐竹はエンジンを切り、車から降りてそこへ向かった。 「いらっしゃいませ。」 アルバイトらしき若い女性が店内で作業をしながら声をかけた。 佐竹はそれとなく客の振りをして地面に置いてある花や観葉植物に目をやった。しかし彼はあまりそれらに興味が無いため、その動きに落ち着きが無かった。店に置いてある植物たちに目をやりながら、赤松がいないか確認をするも彼の姿は見えない。 「プレゼントですか。」 女性店員が佐竹に声をかけてきた。…

続きを読む

15,12月20日 日曜日 10時35分 金沢北署

15.mp3 朝倉と別所の二人は記者会見を終えて北署の署長室に戻った。 するとそこに二人の男が応接用のソファに座っていた。二人は朝倉と別所に気づくとすぐに立ち上がり名乗った。 「初めまして。刑事局の松永です。」 始めに挨拶をしたのは中肉中背の年齢は三十代後半~四十代前半と思われる男の方だった。 朝倉ははじめてその男を見た時に不快感を覚えた。襟と袖だけ色の違うクレリックシャツを身に着けた松永の胸元は第二ボタンまで外されていた。 彼は朝倉に手を伸ばし握手を求めた。 ―これが上司に対する挨拶か。 渋々松永と握手をしたが、朝倉は眉間に皺を寄せ不快感を露にした。 「すいません。私のスタイルはお気に召さなかったですか。申し訳ございません。」 松永は朝倉の気持ちを察しそれとなく自分の行動の弁護をした。しかし朝倉はその言葉自体が嫌みにしか感じられず、無視をしてソファに座った。 松永は次いで別所と軽く手を握り自分の側近である関を二人に紹介した。関は松永とは違い、丁寧に挨拶をした。 「松永の補佐をしております関と申します。よろしくお願いします。」 「よろしく。」 朝倉は座ったまま関に対しては軽く会釈をした。 松永と関。対照的な人間が自分の前に座っている。松永の口元は若干上がり気味で、何やらにやにやとした表情であるのに対して、関はその表情に変化が見られない。身なりも松永はカジュアルなのに対して関はスリーピースのスーツと固い。見た目では関の方が上司に見える…

続きを読む

14,12月20日 日曜日 10時17分 本多善幸事務所

14.mp3 「また連絡する。」 そう言うと村上は佐竹との電話を切り自分のデスクに戻った。傍にいる女性が東京の事務所から電話がかかってきている旨を告げたので、村上は保留にしてあった電話に出た。 「はい、村上です。」 「お疲れさまです。村上さん、テレビ見ましたよ。」 「あ、ええ。」 「先生からさっき電話があって、地元で起きた事件なので大変心配しているようでした。村上さんに対応を任せると言ってました。」 ―任せると言われてから動いていたら遅いんだよ。 「いやぁ僕も地元にいて長いんですが、正直こんなひどい事件ははじめてですよ。とりあえず身元が判明している被害者のお宅には、私かこっちの事務所の人間が行くように段取りしています。先生にはご心配なさらないように伝えてください。」 「それにしても警察幹部の犯行と疑われているようですね。今回の事件。」 「ええ、そのようですね。」 「こっちの方じゃ警察庁がぴりぴりしていますよ。何せキャリアですからね、容疑者は。」 村上の頭に一色の顔が浮かんだ。 「キャリアね…。」 「前代未聞の大事件。いったい警察は何やってんだか。」 「確かに。」 「犯人は未だ行方知らず。村上さんも注意してくださいよ。」 電話の内容はどうでも良いものだった。ただ、この電話で世間が容疑者=犯人として扱われている現実を知った。 まだ一色は容疑者である。 犯人は一色であると決まった訳ではないのに、世の中がそう動いている。情報の伝播の早さ…

続きを読む

13,12月20日 日曜日 10時21分 フラワーショップ「アサフス」

13.mp3 アサフスは金沢市田上の山側環状線沿いにある生花店である。 田上は熨子山の麓にある国立大学を中心とした学生街で、近年開発が進んでいる地区である。赤松剛志はここに生まれ育った。今は二代目社長としてこの店の切り盛りしている。アサフスの創業者である剛志の父は、六年前突然の不慮の事故で他界。当時、京都の大手メーカーに勤務していた赤松はそれをきっかけに妻の綾と一緒にこちらに戻ってきた。当時は花屋の仕事について無知に等しかったのだが、最近は同業の連中に板についてきたとなんとか認められるようになってきた。 赤松は今日の晩に執り行われる葬儀用の花の手配に追われていた。花屋にとって葬儀会社や結婚式場は上得意先である。そのためミスは許されない。赤松は電話で得意先と何度も確認をし、飾り付けをした花に誤りが無いか入念にチェックした。 継続的に大口の発注が出るこれらの会社を赤松は自分でコンスタントに開拓している。そのためアサフスはこの不況時においても仕事量は増えており、そんな中で赤松は忙殺されていた。 通帳の記帳で銀行に行っていた妻の綾が足早に店に戻ってきた。傘をたたみダウンジャケットについた雨の雫を払ってブーツを脱いだ。 「ただいま…。」 「お疲れさま。銀行混んどったけ?」 綾の顔も見ずに赤松は伝票を手書きで起票しながら答えた。 「綾?」 返事が無いことに気がついた赤松は手を止めて彼女の方を見た。 綾は赤松と目を合わさず、カバンを金庫にしまった。 「…

続きを読む

12,12月20日 日曜日 10時10分 北陸タクシー株式会社駐車場

12.mp3 「ふわぁ~。」 大きなあくびをしている間は、無の境地を味わうことができる。 北陸タクシーのドライバーである小西規之は今しがた車庫に帰ってきたところだった。この仕事に関しては二十年のベテランであるが、やはり普通と違うバイオリズムでの仕事は、五十八を過ぎたこの体に鉛のように重い疲労感を与えてくれていた。 小西は車からゆっくりと降り、自分の腰をさすりながら事務所の方に向かった。今日のアガリを事務所に入金し、タイムカードを押して一分でも早く帰宅したい気持ちだった。そんな小西を背後から呼ぶ声が聞こえた。 「ノリさーん!」 振り返ると恰幅のいい男がこちらに向かって手を振っている。身長は百七十センチぐらい。体重は見た感じで百キロ相当ありそうだ。彼のベルトはいつものように腹に隠れて見えない。冬の北陸は上着なしではかなり寒い季節であるが、彼は長袖のシャツを腕まくりして着ていた。小西の後輩の南部達夫だった。彼は巨体を揺らしながら小西の側にやってきた。 「なんや?」 「いやぁ最近さっぱりでさぁ…。ノリさんはどう?」 近くに寄って初めて分かることもある。この寒い季節に南部は額に汗をかいていた。 「どうって…。全然だめやわいや。不景気や。」 そういうと小西は腰をさすりながら、再び事務所の方にむかってゆっくりと歩き始めた。南部も彼と肩を並べて歩いた。 「ほんとに最近は長距離ってないよね。」 「そうやなぁ…。少なくなったなぁ。」 「これって、やっぱり…

続きを読む

11,12月20日 日曜日 10時10分 佐竹宅

11.mp3 ―どれもこれも景気の悪い話ばかりだな。 広げた新聞には世の中に対する悲観論が充満していた。 今度の内閣人事に関する分析と課題についてばっさりと斬り捨てられた政治面。 デフレによる景気後退。それに伴う消費の低迷はますます深刻さを極めつつあるとする経済面。 所得や雇用の格差に関する社説。 親が子供を殺したという殺人事件が大きな枠を占領している社会面。 この世は救われることのない、苦しみばかりの地獄であると言わんばかりの紙面だ。 地獄の原因は政策の失敗であるそうだ。現政権を打倒することが唯一の問題解決方法らしい。 だが、現政権を打倒してどのような舵取りを期待するのか。 野党から具体的な政策提言はなにもない。 とにかく現状をぶっ壊せば何か良くなる。 こんな論調が新聞紙上にも世の中にも蔓延していた。 ―こんな新聞毎日読んでいたら頭が変になる。 そう思って佐竹はそれをしまい、テレビに目をやった。チャンネルは先ほどと変わらない。 テレビではアイススケートの大会で優勝した選手のそれまでの軌跡やプライベートの様子を解説つきで伝えていた。しかし突然画面が切り替わってメインキャスターが映し出された。 「えー先ほどの金沢で起こった殺人事件について、新しい情報が入ったようなので現場から中継でお伝えします。」 画面が切り替わり、先ほど中継で出演していた記者がマイクとノートを持ってこちらに向かって立っていた。彼の背後には…

続きを読む