2019年06月27日

20,12月20日 日曜日 11時00分 金沢北署「熨子山連続殺人事件捜査本部」



北署の大会議室に設けられた「熨子山連続殺人事件捜査本部」には捜査員が集結していた。
上座には松永を中心とした幹部組10名がずらりと並び、それと向かい合うように県警本部および所轄の捜査員総勢60名が座っていた。
上座の中には本部長の朝倉と警備課長の三好、金沢北署署長の深沢の三人の姿も見える。張りつめた空気の中でキャリア組とノンキャリア組がひとりひとりの顔を確認するかのように視線を動かしていた。捜査一課の片倉は松永の隣に座り彼の表情を横目で見ていた。

「それでは定刻となりましたので、始めます。」

上座に座っていた主任捜査官が240平方メートル程の大きさの大会議室内に響き渡る大きな声で会議の開会を告げた。

「今日から本件捜査の指揮を執る松永だ。」

挨拶すらせず松永は切り出した。

「事件発生から半日を過ぎることとなったが、現在、マル秘(被疑者)の行方に関わる情報はこの場に一切もたらされていない。」
松永は自分の前に座る捜査員全体をゆっくりと見回した。おおよその捜査員は渋い表情である。中にはうつむいて彼と目を会わせないようにする者もいた。
「三好警備課長。」
「はい。」

三好は46歳で松永より年齢は上であるが、階級は下である。

「検問状況を報告しろ。」

松永は三好の顔を見ずに報告を命じた。

「えー警備部が刑事部から検問の要請を受けたのは午前0時50分。警備員が現着したのは要請から40分後の午前1時25分。現場に通じる県道熨子山線は県境から熨子町までの区間を完全に封鎖。熨子山線に繋がる県内主要道についても検問を実施。その間熨子山線を通ろうとした者および車輌はゼロ。その他の検問所に置いても本件に関する不審な人物等は確認されておりません。本日午前7時に捜査本部が設置されたのを受けて、現場付近の捜索を行った結果、凶器と思われるものを発見しましたが、それ以外のマル秘に関する手がかりはつかめていません。」

三好は手元にある資料に目を落としながら状況を報告した。

「わかった。じゃあ捜査一課。」
「はい。」

松永の隣に座っていた片倉は横目で松永をみて返事をした。

「捜査状況をひととおり報告してくれ。」

片倉は松永の態度と身なりに不快感を抱いていた。捜査本部に入ってきても所轄や現場の人間には挨拶ひとつしない。しかも身なりはジャケットにノーネクタイのクレリックシャツ。上から第二ボタンまで外している。
いくら自分のほうが階級が下だとは言え、こんな無礼者の年少者から命令口調で指示されるのは気持ちがいいものではない。
しかし、警察組織において階級は絶対だ。片倉は不快感を顔に出さないように従順に振る舞おうした。

「それでは報告します。本日午前0時2分。熨子町ハ20在住の塩島一郎から通報を受けました。その約25分後の午前0時30分。熨子駐在所の鈴木巡査部長が塩島の保護をします。その10分後の午前0時40分には所轄捜査員が合流。通報者保護の場所から徒歩で5分先の現場にて2体の遺体を確認。午前0時50分には本部捜査員も現場にて合流し、付近の捜査を行いました。同時間には警備部に付近一帯の検問を依頼。検問に関しては先ほど三好警備課長から説明があった通りです。私は午前1時半に現着。1時間程周辺の捜査並びに鑑識による現場の検証を指示しました。そこでマル秘のものと思われる車輌、被害者の遺留品等の物的な証拠品を押さえ、深夜のため一旦捜査を打ち切りました。そして本日午前6時半には新たに通報が入り、深夜の現場からさらに車で10分程先に行った熨子山山頂にある展望台で男女2名の遺体を確認する事となりました。」
「あーもういい。」
「は?」

現在までの捜査状況を全て報告しようとしていた片倉は、突然言葉を遮られた松永の顔を見た。

「これだから所轄は困る。」

この松永の言葉に緊張が走った。

「なぜ初動で熨子山山頂の捜査をしなかった。」

松永ははじめて片倉の目を見た。

「熨子山展望台の駐車場には車輌が止まっていなかったためです。普通はその駐車場に車を止めてそこから舗装されていない道を5分程歩いたところにある展望台へと向かうのですが、本日発見された男女2名の被害者はそこを車で突っ切って、展望台の傍に駐車しておりました。そのために当時の段階ではそこまで気が回らず、捜査しておりませんでした。それに深夜の山中にて発生した事件のため付近には灯りがありません。その中で隈無く熨子山を捜査する事も難しく、また深夜のため人員の確保も物理的に不十分となります。よって現場を押さえて検問体勢を維持し捜査を一旦打ち切ったものです。それに、現場からの主要な道路は警備が到着する前の午前0時55分には押さえております。ですからこちらとしてはマル秘の逃走経路の封鎖についてはできる限りの事をしております。」
「結果どうなった。」
「え?」
「いいか。」

松永は立ち上がってゆっくりと歩き片倉の前に立った。

「お前らは駒だ。機械だ。機械が勝手に判断するな。」

あまりもの上から目線の発言に、片倉の表情に不快感がにじみ出てしまった。

「つまり今後は指示された事だけをしろ。指示が出ていない事はするな。そういうことだ。何でも現場の判断が正しいと思うな。」
「といいますと?」
「お前ら現場としての判断が男女二名の尊い人命を失わせた可能性があるというとだ。少なくとも事件発生当時は夜を徹して山の中を隈無く捜査するべきだった。」
「お言葉ですが。」

合理的ではない意見を述べる松永にさすがの片倉もものを申さずにはいられなかった。

「先ほども申し上げた通り、物理的に考えて夜を徹してその時に熨子山全体を捜査するのは合理的ではありません。現場としてはできる限りの対応をしております。百歩譲って当時の捜査に誤りがあるとしても、今はその検証よりかは今後どのようにすればマル秘を確保できるかという事ではないでしょうか。」
片倉の目の前にある机を松永は右腕で力一杯叩いた。その力で机は歪んだ。
「黙れ、ノンキャリの分際で俺にいっぱしのことを言うな。貴様は捜査員としては必要ない。この捜査からは離れてもらう。その反抗的な態度も気にくわん。」

松永の突然の片倉外しに捜査本部はどよめいた。
今まで時として本庁の人間が捜査に加わった事があったが、ここまで理不尽な追求と合理性の欠く発言をする人間は見た事が無い。片倉は松永の目を睨みつけた。

「言っただろ。お前らは機械だって。」
「機械…。」
「ああ。壊れた機械は必要ない。産廃だ。消えろ。」

―だめだ、こいつ狂ってる。

そう思った片倉は手元に置いてあった捜査資料を片付けて捜査本部を後にした。
松永と片倉のやり取りを目の当たりに見せられた所轄捜査員は松永を睨み付けていた。

「おい、所轄。」

そう言うと松永は自分と向かい合って座っている捜査員60名の中から一人を指差して立ち上がらせた。

「お前、マル秘の名前を言ってみろ。」

捜査員の男は松永と目を合わせないようにした。

「一色貴紀です。」
「ほう。それはどんな男だ。」
「ど、どんなとおっしゃられても…。」
「じゃあ何のお仕事やってるんだっけ?」
「あの…警察官です。」
「役職は?」
「…県警本部刑事部長です。」
「あ?えーっと…それはお前らの親分だよな。」
「…そうであります。」
「ということは、お前ら所轄はマル秘の子分か。殺人鬼の子分か。」

松永は捜査員たちをあざけ笑った。

「座れ。」

捜査員は座り、その屈辱に肩を震わせていた。

「いいか、お前らの上司には重大な容疑がかけられている。そては現在の物証を見るに明らかなところだ。先ずはその事について恥と思え。そしてその汚名をそそぐためにもありとあらゆる手を尽くしてマル秘を確保しろ。そのためには一切の私情はこの捜査において挟むな。わかったな。」

先ほどまで狂人のように振る舞っていた松永は一転して捜査官の目になった。その変化に怪訝な顔をしていた所轄の人間達の表情は引き締まり、不思議と一体感を持った雰囲気となった。

「では、具体的な捜査の指示を発表する。」

そう言うと松永は着席し、関がその指示内容を発表した。

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2019年06月20日

19,12月20日 日曜日 11時52分 喫茶「ドミノ」



ひととおり説明した赤松は手元に置いてあるメニューに目を通し、その中から定食を頼んだ。佐竹も赤松と同じものを頼む事にした。

「今になって考えてみれば、あいつがウチの店に来てから何度か警察が来た事があったわ。」
「警察が?」
「ああ。」
「警察が何をしに?」

胸ポケットにしまってあった煙草を取り出した佐竹はそれをテーブルに置いた。赤松に「どうぞ」と促された彼はそれを咥えて火をつけた。

「ほら俺の親父、6年前に事故で死んだやろう。」

紫煙を口から勢い良く吹き出しながら佐竹は頷く。

「そのことについて、母さんにいろいろ聞いとったんやって。」
「え?今更どうして…。」

赤松は手持ち無沙汰そうに自分の人差し指にできたタコのようなものをかりかりと左手でいじりながら話す。

「わからん。でも当時の事は母さんしかよく分からんからな。俺は京都でサラリーマンしとったし。」
「母さんに聞かなかったのか。」
「…聞いたけど、あんまり詳しく教えてくれんかった。事故当時は母さんも親父が死んだ事にかなりショック受けとったから、俺としてはそれ以上突っ込んで聞く気にはなれんかった。」

佐竹はそっと灰皿まで手を伸ばし、落ちそうになったタバコの灰を人差し指で軽く叩いて落とした。そして再度それに口をつけて吸い込んだ。

「だから、俺としては正直複雑なんやわ。この事件についてはにわかに信じる事ができんげん。」
「すまん。久しぶりにお前に会ったと思ったらこんな形で。」
「気にすんな。逆を言えばこの事件がお前と俺を再会させた。そういうことやわ。」
「お、おう…。」

注文の品が出てきて、佐竹は煙草の火を消した。二人は定食に箸をつけ始めた。

「赤松さ。」
「何や。」
「怖くねぇか。」
「ん?」
「俺さ、怖いんだよ。一色の事が。」

赤松は食事を食べながらうつむいたまま話す佐竹を黙って見た。

「まだ捕まっていないだろ。」
「おう、そうやな。」
「ひょっとすると俺らの方まで何かの形で巻き込まれそうな気がするんだ。あいつとは全く関係がない間柄でもないしさ。」

佐竹がこの事件に関して無視を決め込みたかったのは、そういった感情を封殺するためだったのか。それとも単なる心細さからくるものなのだろうか。赤松は佐竹の心情を彼なりに解釈しようとした。

「あぁそうや。ちょっと待っとってくれ。」

そう言うと赤松は食事も途中のまま、外に出て行った。しばらくして彼は頭や肩に雪をつけてひとつの箱を持ってこの場に帰ってきた。そしてその箱についた雪を手で払って佐竹に渡した。

「これ。」

赤松は佐竹にその箱を手渡した。

「さっきお前が注文してくれたやつ。」
「あ…すまん。」
「お前、これ誰に上げらん?」
「いや、別に…。親にでもやろうかな。」

赤松は口元に笑みを浮かべ。

「お前、ウチのバイト気に入ってんろ。」
「なんで…そんな事ねぇよ。」

口ごもりながら佐竹は食事を続けた。

「お前、顔がにやけとったぞ。ばればれやぞ。」

気づくと赤松は食事を終え、備え付けのコーヒーに口をつけていた。

「お前、今も独身か。」
「大きなお世話だ。」

最後に残っていたみそ汁を一気に飲み干し、再度煙草に手をつけそれに火を付けた。

「36で独り身なら出会いの場も少ないやろ。」

佐竹は一瞬赤松の顔を見た。そしてうつむき加減に口を開く。

「まあな…。」

赤松は読みが当たったことに思わずほくそ笑んでしまった。

「あのな…ウチのバイト。あぁ美紀。山内美紀って言うんやけど、クリスマスは予定ないらしいよ。」
「はぁ?」
「はぁじゃねぇやろ。いい子やぞーあの子は。なんなら俺がちょっと様子をうかがってみても良いけど。」

思いがけない赤松からの提案に佐竹は動揺した。

「別にそんなんじゃねぇよ…。」

齢36ともなる大の大人が、顔を赤らめながらも虚勢を張り、傍にあった雑誌に手をつけて興味なさそうに振る舞った。しかし同時に先ほどの美紀の姿が頭から離れずにいる自分に気づいた。佐竹は今朝、これからの自分像を考えていたことをふと思い出した。

―結婚は無いな。

直視したくない現実から目を背けていた自分に一縷の望みが赤松から今、差し出されていた。

「まぁお前にその気がないんやったら深入りはせんけど。」

ここで拒否しては今までと何も変わらない。現状からの変化を望んでいたのは自分の方だ。そう思った佐竹は赤松と改めて向き合って彼の顔を見て言った。

「頼んでいいか。」

赤松はにやりと笑って「わかった」と快諾した。

「でもな、おれはあくまでも情報提供するだけやぞ。動くのはお前やからな。」

佐竹は「すまん」と軽く赤松に頭を下げ、おもむろにズボンのポケットから財布を出して、花の代金を支払おうとした。

「いいわいや、お代はいらんって。それよりもお前は目の前の目標をクリアする事に集中してくれ。」

何度も支払いの意思を示すが、赤松はそれを固辞した。

「俺やって今起こっとる事件について誰かと腹割って話したかったんや。でもほんな相手誰もおらん。そんなときにお前のほうから俺に会いに来てくれた。別にこっちから連絡もしとらんげんに。」
「悪かった。急に顔だして。…でもなんか電話とかするよりもそのままお前ん所に行った方がいい気がしたんだ。」
「こう言ったらなんやけど、嬉しかったぜ佐竹。」
「え?」
「ほらこの歳になると、わざわざアポとって会うとか多いやろ。知らん間柄でもないげんに。」
「あ、ああ。」
「でもお前、昔みたいにふらっとウチに来てくれた。んで回りくどい説明とか無しで、すぐに本題に入った話ができた。」
「そうだな。」
「こういうことねんろうな。本当の友達って。」

赤松のこの言葉は佐竹の心に刺さった。

「お前と話しして少し気持ちが楽になった。あんやと。」
「俺こそお前に感謝している。おかげで気が紛れた。」
「頑張れや。また連絡する。」
「お前もな。」

二人はそう言うと席を立ち、ドミノを後にした。

店の外は雪が舞っていた。

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2019年06月13日

18,6月15日 火曜日 15時00分頃 フラワーショップ「アサフス」



一年半前の雨が滴る六月。赤松は自分の店で店番をしていた。
六月の花と言えば紫陽花、菖蒲、泰山木と言ったものが主で、普段花を使用した生活を営んでいない一般の家庭にはあまり花屋は縁がない時期かもしれない。
アサフスに来店する一般客の多くは田上、杜の里の住人である。赤松はそれらの客の顔と名前を大体覚えていた。たまに見慣れない顔の客が来る事があるが、それらの一見客はここから車で二十分先にある熨子山の墓地公園へ墓参りに行くための花を買いにくる客が主だった。だがそれらの大半は盆や彼岸の時期に集中する。

スーツを着たサラリーマン風の男が梅雨時の昼間に、この店に来る事はあまりない。第一印象が不自然だったため、当時の事はよく覚えている。
男は店内にある花が入った冷蔵庫の中を眺め、足下に置いてあったバケツに入った墓参り用の花束に目をとめた。

「これ、ひとつ下さい。」

男はその佛花を指差し、低い声で店にいた赤松に言った。
赤松は返事をして花を取り出し、包装紙に包んだ。

「お客さん、お墓参りですか。」

男の口元は少し緩んだ。

「赤松、俺だよ。久しぶりだな。」

誰か分からなかった。赤松は男の顔を3秒程眺めた。口元にある黒子が目に入った時気づいた。

「一色か!」
「そうだよ。」
「久しぶりやなぁ。スーツ着とっから誰か分からんかったわ。」
「冷てぇなぁ、気づいてくれよ。」
「どうしたん、こんな平日の昼間に来るなんて。」
「いや、噂で赤松が実家を継いだって聞いたから、墓参りの花を買いに来たんだ。ちょっと仕事を抜け出してな。」
「仕事?」
「ああ。」
「え…?おまえ、こっちで仕事しとらん?」
「まあな。」

赤松は一色が東京の国立大学に進学した事は知っていた。しかし、そんな立派な学歴を持った彼が地元に帰って来て仕事をしていることに、少し違和感を持った。当然、当時は一色が警察である事も赤松は知らなかった。しかしそれ以上は仕事について突っ込んだ話はしなかった。彼なりに事情があるのだろうと思った。

一色との会話は10分ほどだっただろうか。久しぶりに高校の同期の連中と集まってみたいという内容の会話だ主だった。

「ところで一色、誰の墓参りなんや。」

一色は少し口をつぐんだ。

「あぁ、ごめん。ちょっと聞いただけなんやわ。」
「いいよ。ちょっと繋がりのある人の墓参りだよ。」

そう言うと一色は店の奥で事務仕事をしている妻の綾と母の文子を見つけた。

「あの人がお前の奥さんか。」

綾はパソコンに向かって入力作業をしている。

「まあね。」
「奇麗な奥さんじゃないか。お母さんも元気そうだな、良かった。」

文子は老眼鏡を掛け、そろばんを弾いて伝票の仕分け作業をしている風だった。

「母さんは年やから、昔みたいにって訳じゃないけど、俺よりかは元気や。」

一色はしばらく綾と文子を眺めていた。

「みんな強いな…。」

そう言うと一色は勘定を済ませて、赤松にまた来ると言って背を向けた。

「赤松。」

赤松は彼の背中を見た。

「いや…何でもない。」

この言葉を残して一色は店を後にした。それから彼がこの店に来る事はなかった。

赤松はその時の一色の表情が印象に残っていた。物寂しげな表情。
昔は剣道部の部長として赤松たちを牽引してきた人間が、10数年経ちその背中に哀愁さえ漂わせる姿は、時の流れを感じさせると共に赤松にとっても寂しさを感じさせた。

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2019年06月06日

17,12月20日 日曜日 11時25分 喫茶「ドミノ」



一時期金沢にはカフェと呼ばれる社交場が乱立した。
この手の店は、ぶらりと気軽に立ち寄れる場所はあまり多くない。洒落てこぎれいな雰囲気のものが多く、選ばれし意識の高い人種であることが条件として課せられる。

その中においてひとりでくつろげて、誰かを待つのに持ってこいであるのはやはり純喫茶だ。
客層の嗜好をしっかりと捉えた新聞や雑誌、マンガ等が豊富であり、それなりの年齢の世代が集う。店で交わされる会話も良い。何より自分だけの世界を作れることが純喫茶の魅力でもある。

アサフスから犀川を渡った旭町の純喫茶「ドミノ」に佐竹はいた。
店主以外誰もいない店の中で、彼は一番奥のテーブル席に座り雑誌に目を落としていた。

店の外で車のドアが閉められる音が聞こえた。
それから20秒後にドアが開かれ赤松が店内に入ってきた。

赤松はカウンターに立つ店主にコーヒーを注文し、そのまま佐竹の正面に座った。
すぐに店員がおしぼりと水を持ってきた。赤松は湯気の出るそれで手を拭き、続いてしっかりと顔を拭いた。

「あのさ、お前どう思う。」

佐竹は切り出した。
顔を拭いていたおしぼりを丁寧にたたんで赤松はうつむいたまま答えた。

「ふぅ…信じられんよ…。本当に。」

赤松は「それに」と付け加えて話し続けた。

「今、報道されとる被害者の女の子おるやろ。」
「おう。」
「あの子実は昔ウチでバイトしとった女の子ねんわ。」
「えっ…。」
「何が何だかさっぱり分からん。俺のかみさんもショック受けてさっきから仕事が手ぇつかん状態や。」
「あの…お前の奥さん、一色とお前の繋がりを知ってんのか。」
「いや詳しくは知らん。だからまだ救われとる。もしもそんな細かいこと知ったらあいつパニックになっちまう。」

コーヒーが出され、赤松はそれに口をつけた。

「なぁ佐竹。お前はどう思ってんだ。この事件の事。」

佐竹は手に持っていた雑誌をテーブルの上に置いた。

「お前と同じだよ。信じられん。正直そういう漠然とした感想しかでてこない。」
「そうやよな…。」

二人の間にしばしの沈黙が流れた。

「なぁ赤松。お前、村上と連絡とってる?」

佐竹が切り出した。

「え?村上?」

赤松は首を振る。

「そうなんだ。」
「村上がどうした?」
「あのさ。俺、実は今でもあいつとよく連絡とってんだけどさ。」
「へぇ。そういやお前ら昔っからよくつるんどったよな。」
「ああ。」
「村上あいつ、今なにやっとらんけ。」
「政治家の秘書。」
「まじで。」
「マジ。」
「へぇ…なんかすげぇじ。」
「ああ。たしかに政治家の秘書って言うと聞こえはすげぇ。けどあいつ自身は高校の時からなんにも変わってないよ。」

そういうと佐竹は、先ほど村上とこの事件について電話でやり取りをしていた事を赤松に報告した。
今回の事件については所詮過去人間関係。だから他人事と割り切ってしまうのが得策であると。

「んであいつはどんな反応を?」
「却下。」
「却下?」
「ああ。むしろ俺が冷たいとかで一蹴された。」
「なんやそれ。」
「あいつはいったん熱くなるとどうにも止まらん。」
「ははは。ほんとに高校からなんにも変わっとらんげんな。村上のやつ。」
「言ったろ。なんにも変わっていないって。」
「で、そんな村上に感化されてなんかわからんけど、俺んところに来たってわけか。」

自分はそうは思わないのだが、結果として見れば赤松の言う通りだ。

「高校の時もだいたい何かのきっかけを作るのは村上。ほんで佐竹、お前はまずはそれにダメ出し。でも結局行動力がある村上に引っ張られて、知らんうちにその中で巻き込まれる。お前ら18年経っても変わらんな。」
「そ、そうか…。」
「まぁでも、俺はちょっと複雑。」
「そうだな…。被害者はお前のところで働いていた子だし、容疑者は昔の同級生だし…。まさかそんな状況だとは知らなかった。すまん。」
「謝んなって。別にお前が悪い訳じゃねぇやろ。あのさ、お前が村上に言ったことは一理あると思う。いやむしろ正しいと思う。いくら昔強い繋がりがあったとしても、それ以来疎遠でありゃあ昔は昔、今は今。実際俺は一色をぶっ殺したいってくらいにすら思っとった。」
「思って…いた…?」

赤松は半分に減ったコーヒーの中にフレッシュを注ぎ、それをかき混ぜた。

「ニュースに初めて触れたときは正直、初めてづくしの情報ばっかりでなんのことかよく分からんかった。一色が警察やったってことも、あいつがそこの幹部やったってことも。」
「それは俺もさ。」
「でもしばらくして、なんとなく飲み込めてきた。ほしたらなんか、あいつのことぶっ殺したくなってきた。」

言葉に熱を帯びる自分を収めるかのように、赤松はコーヒーを飲み干した。そして深呼吸をして彼はゆっくりと口を開いた。

「でもな、実は俺…去年の夏に一色と会っとれんて…。」
「え?」
「去年の梅雨の時期や。あいつウチの店に来てさ…。」

そういうと赤松は当時の事を振り返り始めた。

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