2019年07月28日

26,12月20日 日曜日 15時00分 七尾市街地



能登半島は海岸線が複雑に入り組んでおり、その景観の良さから観光スポットとして人気がある。
石川県外の方は、能登と言えば荒々しい男の海の風景を連想されるだろうが、それは外浦と言われる日本海側の海の事であり、内浦と言われる富山湾側の海はそれと反して穏やかで女性的な表情を持っている。

七尾市は内浦に面している。
能登島という島をもつ能登半島の中央部の都市であり、能登地区の中心都市としての性格を持つ。
地形的にも農林水産業が主たる産業となっており、そこから派生する二次産品や加工品が主な産業となっている。
また和倉温泉を中心に温泉場が多いのも特徴である。

この七尾市の市街地にあるアパートに男は住んでいた。

間取りは1DKと狭い。
部屋に敷かれた畳の色は最近張り替えたのか、青々としたい草の色そのもので、仄かに香っていた。
男はその部屋の中心にあぐらをかいて座り、背筋を伸ばし、肩の力を抜いて、両手のひらを上に向け重ね合わせ、その親指を触れるか触れないかのぎりぎりの線で静止させていた。

まるで禅僧のようである。

彼は部屋に唯一ある窓と向かい合って、目を瞑り、その呼吸を整えていた。

部屋の中には何も無い。テレビもラジオも冷蔵庫も電子レンジも。あるのは男の身一つと毛布だけだった。

インターホンが鳴った。
先ほどまで隣の部屋で何かの物音がしようが、外で犬が鳴こうが微動だにしなかった彼だったが、ここではじめて目を開いた。
そしてすっくと立ち上がり、玄関の方へ移動し、覗き窓からドアの向こう側を確認する。

そこにはコートを身に纏った訪問者の姿が見えた。
男はドアのチェーンを外し鍵を開け、言葉も発さずドアを開けた。
訪問者も彼に声をかける様子は無い。
彼はドアを閉め、手に持っていたコンビニエンスストアのレジ袋を男に手渡した。
中身が食料である事を確認し、先ほど瞑想していた部屋へ戻るため、男は訪問者に背を向けた。
訪問者は外してあった鍵を再びかけ、男に続いて部屋の中に入った。

畳に座ると男は差し入れられたパンと牛乳を貪るように食べ始めた。
その様子を訪問者は黙って見ている。
ほとんど噛む事無く、口に入れたパンを牛乳で流し込み、男は僅か3分で完食した。
相当腹が減っていたのだろうか。

食事を終えると彼の表情に変化が表れた。
目が虚ろになって来た。
何度か自分の目を擦るが、目は虚ろのまま。
自分を襲う虚脱感に抵抗して男はなんとか言葉を発した。

「計ったな…。」

そう言うと彼はそのまま横になり、眠りについてしまった。

男の様子を見届けた訪問者は部屋の隅にある毛布を幾重にも折りたたみ、彼の顔に被せた。
そして胸元から一丁の拳銃を取り出して毛布に銃口を密着させ、引き金に指をかけた。

消音化された発砲音が部屋の中に僅かに響いた。

男の頭から血液がしみ出し、毛布が徐々に赤く染まってくる。
青々とした真新しい畳にもその赤い血液が染み始めてきていた。

訪問者はキッチンのガスコンロから、スチール製の五徳を外した。
素振りしながら彼は倒れている男の前に再度立った。
そして毛布を外し、そこにある変わり果てた男の顔めがけて五徳を振り下ろした。

訪問者はこれを執拗に繰り返した。
腕を振り下ろすたびに、部屋の中に血が飛び散った。

顔面を破壊した彼は部屋を見渡した。
あらゆる箇所が血で染まっている。

押し入れに目を止めた訪問者はそれを開いた。
そこには革製の旅行カバンがひとつ入っていた。
彼はそのカバンの中を物色した。
中には衣類ばかりが入っていたが、それのサイドポケットの中を調べると、現金が入った封筒を見つけた。
封筒には銀行の名前が印刷されている。
訪問者はそれを自分の懐に納め、何くわぬ顔をしてその場から立ち去った。

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2019年07月25日

24,12月20日 日曜日 14時05分 佐竹宅



アサフスで購入した花が入った箱を手にして自宅に帰ってきた佐竹は、それをダイニングテーブルの上に置いた。
花が入った箱を丁寧に開封すると子豚のかたちの鉢に三種類の花が奇麗に収まっていた。

佐竹は花に関する知識は持ち合わせていない。だから、それらの花がどういった種類のものなのか分からない。彼の部屋には植物の類いは一切なかった。あるのは雑誌書類、パソコン、テレビ、その他家電、家具といったもの。この実用性のみを追求した部屋に植物が加わるのは異色であった。

だがそう言った環境だからこそ、花の存在感は大きかった。

テーブルの端に置かれたノートパソコンを開き、「12月 花」で検索をかける。そして上位に表示されたサイトを見た。眼の前の花とサイトを見比べて佐竹は子豚の鉢に収められているのは黄水仙、雪ノ下、プリムラである事を知った。

ーへぇ。そんな名前なのか、これ。

佐竹は花の説明と合わせて書かれている花言葉に目をやった。

黄水仙(キズイセン) 愛にこたえて
雪ノ下 切実な愛情
プリムラ 永続的な愛情

全ての花言葉に愛という言葉が入っている。それに気がついた佐竹は少し熱くなった。
ふらっと訪れた一見客。花をくれと言ったら愛があふれる花を提供された。もしやあの山内という女性、こちらに気があるのか?などと自分にとって非常に都合のいい解釈をしたのである。

しかしよく考えてみれば、この時期に花をプレゼントする状況というものは限られてくる。店に飾ってあったのはまさしく、今の時期にふさわしい花の詰め合わせだったのだ。「展示してあるものと同じものが欲しい」と言えば、必然的にそのような意味をもあった花が提供される。
当たり前の事に気づいた佐竹だったが、内心少し残念な気持ちになった。

―なに浮き足立ってんだ、俺。

山内美紀とのきっかけを赤松から提供されただけで、気分がふわついている自分に気がついた。

―そうだ、一色はどうした。

無理やり話題を変えるように彼はニュースサイトを開いた。トップを飾るのは熨子山連続殺人事件だった。だがその記事は11時で更新は止まっており、新しい情報はもたらされていなかった。

―それにしても一色の奴、何で赤松のところに行ってたんだ。まさか、殺人の下見か…。いや待て…あいつは警官だ。警官なら俺の住所も知っているはずだ。…村上のも…。…と言う事はその気になればどうにでもできる…か。

冷静に考えてみると、一色に対して自分にできることは何もない。村上も同じであるはずだ。しかし村上は何かしらの行動を起こす旨を佐竹に伝えていた。個人の情報を抑えることができる立場である一色に対して、こちらには何の情報もない。丸腰で凶悪犯罪の犯人と接触を試みるというのであれば、無謀以外の何物でもない。

―しかし、俺は一色に殺される謂れが無い。

いろいろと考えを巡らせているところに一通のメールが佐竹の携帯に届いた。

「村上?」

佐竹は本文を読んだ。

さっきは熱くなってしまってすまん。

熨子山を通ってきた。検問していたよ。一色が拳銃を持って未だ逃走中だから気をつけてくれって警官に言われた。

俺も何の仕事をしているのか、今からどこに行くのかとか色々聞かれた。警官の様子を見る限り、あいつら一色の行方について、何の手がかりもなさそうだ。一体あいつはどこに逃げているんだろう。俺も少し怖くなってきた。

今日は本多がこっちに来るから夜遅くなる。また、明日の晩にでもお前んところに電話するよ。


佐竹は村上のメールを一読し「わかった」と返信した。

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25,12月20日 日曜日 13時52分 フラワーショップアサフス



外を見ると先ほどまで振っていた雪は止んでいた。

アサフスに面した山側環状線では、断続的に何台ものパトカーが熨子山方面へ向かっていた。ついさっきも機動隊の車が走っていった。異様な光景だ。
何か事件に展開があったのだろうかと赤松はテレビをつけた。しかし事件の続報を報じる局はなかった。サスペンスドラマやバラエティ番組の再放送、テレビショッピング等、日曜の日常がそこにあった。テレビのスイッチを切った赤松は店内の時計を見た。

時刻は13時52分。15時頃には葬儀会場の方へ行って、飾り付けを始めなければならない。

―もうしばらくしたら、出んとな…。

心の中でそう呟いた赤松は、ふさぎ込んだ綾がいる二階の寝室へ向かった。彼女はベッドの中に潜り込んでいた。

「綾。」

返事が無い。
赤松は彼女のそばに寄って、再び声をかけた。しかし返事が無い。彼は返事を期待せずに話しかけた。

「今日は葬儀会場に美紀と行ってくる。…辛いと思うけど、店番頼めっかな。」

綾はベッドの中でごそごそと動いて、返事のようなものをした。

―だめか。仕方が無い。母さんに頼もう。

赤松は静かに寝室のドアを締めて階段を下りたところにある和室の襖を開けた。老眼鏡を掛けた文子が新聞を広げて読んでいた。

「母さん。」
「何だい。」
「ごめんやけど、店番頼めっかな。」

文子は新聞紙に目を落としたまま赤松に答えた。

「いいけど、綾さんはどうしたんけ。」
「ああ、ちょっと体調悪いみたいねん。」

赤松は頭をかきながら、気まずそうに話した。すると文子はかけていた老眼鏡を外し、赤松の方を見て言った。

「桐本さんのことかね。」
「…そうや。何せ突然のことやから。」
「剛志。私、今テレビで犯人やって言われとる人知っとるよ。」

赤松と一色は高校時代の同期。部活動のことは家でも両親によく話していた。顧問や監督は厳しく、部長はこんな奴で、仲間はこんな奴がいる。親というのは自分が何気なく話したことや、人間関係のことをよく覚えているものだ。「どこそこの誰々さんは元気か」と自分でも付き合いがあった事を忘れている人物の名前を挙げて、質問してくる事さえある。母の文子が一色のことを覚えているのは当然だ。赤松は文子に「あの人は一色君でしょ」と言われる事を覚悟した。

「ああ。」
「あの人、昔、お父さんが事故で死んだこと聞きに来とったわ。」
「え?」
「ときどき、私がひとりで店番しとる時、ここに来とった。まさか、あの人が警察の偉いさんやって知らんかったわ。」

赤松は胸を撫で下ろした。文子は一色が赤松と剣道部の同期であったことを覚えていないようだった。だが、一色が父の事故死について何かを聞きに来ていた事に引っかかるものがあった。

「なんか、私、誰も信じられんわ。結局、警察なんて当てにならんげんわ。」

諦めの表情を浮かべ、ため息をついた文子は再び老眼鏡を掛けて、新聞に目を落とした。

「母さん。」
「なんや。」
「あの…俺…、父さんの事故の事、母さんから何も詳しく話し聞いとらんげんけど、何で俺に話してくれんが。」

新聞紙をめくっていた文子の動きが止まった。

「綾と結婚して、京都で普通にサラリーマンして、向こうで安定した生活しようとしとった時に、父さんが事故で死んで、母さん元気無くしとったから、こっちの方に帰ってきて、何も知らん花屋継いで、今まで頑張って来たんに、何であの事故のこと何も話してくれんが。何でいつもあの事故の事になったら、話はぐらかすんけ。母さんが辛いのは分かっけど、俺だって父さんの子供やぞ。俺だって何も知らんで辛いんや。」

赤松の感情が爆発した。感情的になっている彼の言葉を文子は黙って聞いた。

「ほんで、何け。一色には話したんけ。息子の俺に話せん事を、人殺しにぺらぺらしゃべったんか。あぁ?ほんなだらな。やっとられんわ。」

しばらく二人の間に沈黙が流れた。そして文子が力なく口を開いた。

「…ごめん。剛志…。」

文子の頬に一筋の流れるものを確認した赤松は、感情的になっていた自分に気がついた。だが、一度振り上げた拳を簡単に降ろす事はできない。彼は黙って文子を見つめるしかできなかった。

「あんたには本当に感謝しとる。でもこれ…約束やってん。」
「約束?」

文子は頷いた。

「でも、その約束をした一色君が、何でか分からんけどこんな事になってしまって…。」

やはり文子は容疑者があの一色だとわかっている。だが、赤松は文子の言葉の意味が分からなかった。一色が約束をしたとはどういう意味なのか。事故のことを何故自分に詳しく話してくれないのかということを詰問しただけなのに、どうしてそこに一色が入ってくるのか。

「ちょ、ちょっと待ってや。父さんの事故のことと一色の約束って何のことけ。」

文子は壁にかけてある時計に目をやった。時刻は14時15分を回っていた。

「剛志、あんた仕事にいかんなんやろ。」

そう言われて赤松も文子と同じ時計を見た。

「今、聞きたいんや。」

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2019年07月18日

23,12月20日 日曜日 13時08分 熨子山連続殺人事件捜査本部



「未明のガイシャの身元が判明しました。」

察庁組だけが残る捜査本部に関が入って来た。捜査データを分析をしていたスタッフは手を止めて関の方を見た。

「報告しろ。」
「はい。ひとりは穴山和也。23才男性。住所は金沢市銚子。地元ガソリンスタンドに勤務する男です。県外出身者であり、アパートに一人暮らしをしていたようです。勤務先のガソリンスタンドの店長が、出勤日のはずなのに連絡がつかないとの事で警察に届けがあり、本人の特徴等を照らし合わせた結果、身元が判明したものです。」
「ほう。で、もうひとりは。」
「はい。もうひとりは井上昌夫。こちらも23才男性。住所は金沢市土清水。地元繊維会社に勤務する男です。今日の10時頃、同居人である女性から警察に捜索願が出され、特徴等を照合の結果、本人であると判明しました。この井上も穴山同様、県外出身者です。」

松永は関の報告を受けて、几帳面にA3サイズのコピー用紙にフェルトペンで相関図のようなものを書きながら、関に質問をする。

「あー、二人の関係は。」
「調べましたところ、二人とも香林法科大学の同期生であるということです。」

松永は二人の名前を一本の直線で結びつけた。そしてその直線の中心からさらに一本の線を引き一色の名前を書いた。穴山、井上、一色の三名が英字のTで結びつけられる。

「で、この二人と一色の関係は。」
「それが、全く分かりません。」

松永はペンを置いて、腕を組んだ。

「現在は両者の携帯電話の通話履歴の解析を進めています。」
「わかった、その事については早急に報告しろ。あと、その二人の死亡推定時刻はわかったか。」
「はい。どちらも19日の23時40分頃と推定されます。」
「早朝見つかった遺体は。」
「20日の0時35分頃です。」
「ふむう。」

腕を組んだまま、顎を引き背もたれに身を預けた松永はA3サイズのコピー用紙を眺めた。そして再度ペンを手に取って、一色の名前からもうひとつTの字を付け足して、間宮と桐本の名前を書き、双方のTの字に関から報告を受けた死亡推定時刻を書いた。

―山小屋のコロシから展望台のコロシまで約50分か。この2つの地点は徒歩で約20分の距離だと聞いている。夜道だからそれが3割増だとしても36分。残りの14分は何をしていたのか。ホシはどうして山小屋で穴山と井上を殺してそのまま逃走しなかったのか。まさか何かの目的があって熨子山の展望台に行ったのか。どうして殺した相手の顔をめちゃくちゃにしなければならなかったのか。そもそもガイシャたちは何故、夜に熨子山の山小屋に行ったのか。

松永は考えを巡らせた。そこに部下のひとりが声をかけた。

「松永課長補佐。」
「なんだ。」
「今回の事件ですが、無差別殺人ではないでしょうか。」

松永はその言葉を聞いたとたん立ち上がり、その部下の座っていた椅子を右足で蹴飛ばした。その衝撃で彼はその場に倒れ込んだ。

「馬鹿やろう。てめぇどんだけサツの仕事してんだ。」

松永は倒れた部下の胸ぐらを掴み、自分の顔に彼を引き寄せ睨めつけた。

「え…。すいません…。」
「なんだぁ、てめぇ、ちょっと俺に蹴飛ばされたら前言撤回かぁ。」
「いえ、あの…。」
「お前、何の根拠があって無差別殺人なんて言ったんだぁ。言ってみろぉ。」
「い、いや、あの…。先ほどのガイシャと一色とは接点が無いと…。」
「接点がないと、どうなるんだぁ。説明してみなさい。」

相変わらず松永は彼の胸ぐらを掴んだままである。

「む、無差別殺人の動機は、い、怒りや復讐心といった感情が爆発した結果であ、あります。そのため犯人とは直接関係がない人間にその怒りの矛先がむけられることもあります。ほ、本件に関しても、お、同じような傾向があると思いましたので…。」

松永はそのまま部下を床に叩き付け、彼の腹部を右足で蹴り上げた。

「ぐっ…はっぁ…。」
「あのなぁ、もう一回学校で勉強してくるかぁ。」

その場にいた察庁組のスタッフは表情ひとつ変えずに、その様子を見ている。

「無差別殺人は怒りの爆発だというのは確かだ。だが、一色がその怒りを何に対して持っていたというんだ。人知れずひっそりとそのあたりの名無しさんを山の中で殺して何かの意思表示になるか。」
「あ、あ…。」
「いいか、これは連続殺人だ。そして快楽殺人だ。ガイシャの状況を見てみろ。みんな顔が無くなっている。特徴的だ。儀式的でもある。つまり人を殺す事そのものに意味がある。一色は捕まらない限り、必ずまた人を殺す。それが快楽殺人だ。動機なんざ無い。奴にとってこれはゲームなんだよ。」

松永はしゃがみ込んで倒れている部下を覗き込んだ。

「これは警察に対する挑戦だ。奴を舐めるな、心してかかれ。わかったな。」
「は、はい。」
「お前はガイシャが、どうして昨日の深夜に熨子山へ行ったのか。どういう手段で熨子山へ行ったのか。本当にガイシャらは一色と接点が無かったのか。それらを調べろ。」

狂人のようになったかと思えば、優秀な捜査官のようにもなる松永はまるで二重人格者のようだった。彼は自分の感情の起伏の激しさを逆手に利用して、人心掌握を巧みに行う術を知っていたのだろう。

「おい。」
「はっ。」

松永と目が合った捜査スタッフのひとりが返事をした。

「1時間後に山狩りだ。隈無くだ。所轄の捜査はどうも手ぬるい。100名程投入して熨子山全域を捜索しろ。その間は熨子山線も完全封鎖だ。」
捜査本部は慌ただしく動き始めた。

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2019年07月11日

22,12月20日 日曜日 11時48分 県道熨子山線 熨子町集落周辺



熨子山の登り口にあたる熨子町の集落周辺は、松永率いる捜査本部の指示で検問の体勢をさらに強化する事となった。1時間前には3名の警官が検問にあたっていたが、さらに補充され6名の人員が検問にあたっていた。

熨子町に唯一アクセスできる県道熨子山線は石川県と富山県を結ぶ生活道路でもある。そのため事件後もいつもどおり石川・富山の双方からの往来があった。このように交通量が多い道路を完全封鎖するのは難しい。そのため警官の補充を持って検問体制の強化を図ったのだ。

事件現場から最も近い熨子町の集落では、所轄捜査員が全軒対象の聞き込み捜査を行っていた。当時の車の通行状況や、不審な人物の目撃情報を中心に尋ね歩いていた。

さすがに山である。平野部ではちらちらと舞っていた雪も、ここではうっすらとではあるが積もりはじめていた。
検問の任にあたっている、警官たちは寒さに身をすくめながら、時々この場所を通過する車輌を止め、検査していた。

一台のSUV型の車輌が石川県側からこちらに向かって来た。警官が警棒を高らかに上げ、止まるように合図する。車輌は減速し、警官の指示通り停車した。

「おつかれさまですー。どちらにいかれるんですか。」

警官が運転手に声をかける。

「ちょっと、高岡の方に用事があって。」
「そしたら、免許証見せてもらえます。」

男は車のギアをパーキングに入れ、サイドブレーキを引き、助手席に置いてあった鞄の中からそれを取り出して警官に渡した。警官は老眼なのか、その免許証を目を細くして見た。

「…村上隆二さん。」
「はい。」
「この道はよく利用されるんですか。」
「まぁ、そうですけど。」
「お仕事は何されとります?」

警官は警戒されないように、方言丸出しで村上に接している。

「秘書です。」
「秘書?」
「ええ政治家の。」
「政治家の秘書さんですか。へぇ…。こんな天気が悪いがに高岡まで。」
「まあ。」
「その高岡まで何しに行かれるんですか。」

―いちいち面倒くせぇこと聞くな。

「党の会合です。」

警官が手を挙げて合図をすると、別の警官が二名こちらの方へやって来た。警官は免許証を村上に返した。

「そうですか。ご苦労さんです。あなたもご存知やと思うけど、ここの近くで事件あったもんで、一応この道を通る車の中を改めさせてもらっとるんです。ご協力のほどお願いします。」
「どうぞ。雪の中ご苦労様です。」
「じゃあトランク開けてもらえますかね。」

警官がそういうと、他の二人がトランクの方へ回りそれを開いた。瞬間、鼻を突くような臭いが二人を襲った。トランクの中には紙袋がいくつも積まれていた。金沢の老舗漬物屋の印刷が施されている。

「ああ、言うの忘れましたけど、トランクにはかぶら寿司が載ってますんで、臭いますよ。」

運転席側に立っている警官に村上はそう言うと、その警官は中を調べている二人の警官の方を見た。二人はこちらの方をしかめっ面で頷いている。

かぶら寿司は金沢の伝統郷土料理のひとつ。冬の日本海でとれる旬の魚、鰤を塩漬けにしたカブではさみ、人参や昆布と一緒に麹で漬け込み発酵させたものである。なれ鮨の一種とされており、カブの甘みと歯ごたえ、柔らかい鰤の食感、麹の酸味を味わう事ができる。金沢においては冬季限定で出回る高級食品でもある。麹で漬け込むため独特の臭いがし、そのためこの食品を嫌う人間もいる者も相当数いる。

ひととおりトランクの中を確認した警官が、「特に変わった容姿はありません」と報告すると、傍にいた警官が村上に尋ねた。

「もし差し支えがなかったらでいいんですけど、あなた、どなたの秘書さんなんですか。」
「本多善幸です。」
「ああ、本多先生ですか。それはそれはご苦労様です。道中気をつけてくださいね。」
「みなさんも早く犯人を捕まえてくださいよ。何か、おたくのお偉いさんらしいじゃないですか、今回の容疑者は。」
「ええ、大変ご迷惑をおかけしてます。」
「治安を司る警察幹部が連続殺人ですよ。しかもそいつは未だ拳銃をもって逃走中。」
「おっしゃるとおりです。なので十分に注意してください。」
「そちらも早いこと犯人逮捕お願いしますよ。」
「はい。全力を尽くします。」
「じゃあ。」

そういうと村上は窓を閉め、富山方面へと走り去って行った。

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2019年07月04日

21,12月20日 日曜日 12時22分 熨子駐在所



「よう。」

駐在所の奥にある畳が敷かれた休憩室で横になって、うとうととしていた鈴木は、不意を討つ来訪者に睡眠を妨害された。彼は目を擦りながらその身を起こし訪問者の方を向いた。

「なんや、トシじゃいや。」
「おう、お休み中すまんな。」

熨子駐在所を訪れたのは、捜査二課の古田だった。
彼は休憩室に上がり、その畳の上にあぐらをかいて座った。

「どうしたんや。急にこんなとこに来るなんて。」
「まぁ、お前に直接、いろいろ聞きたい事あってな。」

古田と鈴木は昔なじみの同期の間柄である。どちらも年齢は59才。来年には定年を迎える年だ。だが、彼らの警察における階級は異なっている。古田は県警本部勤務の警部であるのに対して、鈴木は駐在所勤務の巡査部長だ。

この同期の二人になぜこれだけの階級の開きがあるかと言えば、それはひと言で説明すると、その生き方に要因がある。
二人とも高校卒業後から警察官としての職務を担っている。古田は元々、公務員採用制度に疑問を持つ人間だった。受験できる採用試験は学歴によって区別され、スタートラインも違えば、その出世の終着地点も違う。学歴が全てのこのシステムになんとか風穴を開けたいとの気持ちが、彼を「スッポン」の異名を持たせる程にさせた。ノンキャリでもやればここまでできるという手本を示したいという目標があったため、昇進試験を積極的に受けて警部まで昇進した。

一方、鈴木の方は地域密着の交番勤務の仕事を続けたいために、管理の仕事が多くなる昇進を望まなかった。よって古田とは違い、昇進試験はほとんど受けていない。警察署の地域課で仕事をした事もあったが、上司に直談判して、最前線の交番勤務に配置転換してもらった。交番がよく機能していれば、犯罪は未然に防ぐ事ができる。仮に予期せぬ犯罪が起こったとしても交番が機能していれば素早く対応ができ事件の早期解決ができるはずだ。これが鈴木の哲学だった。この哲学は鈴木の仕事ぶりを持って警察内部でも評価が高かった。まさに地域密着の頼れるお巡りさんである。

だが彼のこの哲学は家族には支持されなかった。何年立っても昇進しない彼の給料はご想像のとおりだ。家族は少しでも生活が楽になるように鈴木の出世を望んだ。しかし彼はその要望をことごとく退けて来た。

「なんやお前も熨子山の帳場にかり出されとるんか。」
「いや、わしは違う。」
「ふうん。」

鈴木は立ち上がって、石油ストーブの上に置いてあった薬缶を手に取った。朝方から火にかけられ続いていたそれは、木製の取っ手さえも持つのをためらう程の熱を帯びていた。彼は茶の用意をしようとそのまま台所の方へ移動した。

「ああ、気ぃ使わんでくれ。聞く事聞いたら退散するさかい。」
「なんや、俺が出す茶は飲めんって言うんか。」

奥の方で茶を入れていた鈴木が湯のみを持って元の場所に戻って来た。そしてそれを無造作に古田の前の畳の上に直に置いて勧めた。

「すまんな。」

そう言うと古田はそれに口を付けた。寒さがこたえる季節の熱い茶は、体を芯から暖めてくれる。古田は自然と息を吐いた。

「で、なんや。」
「あのな、お前、ここに配属されてどんだけになるん。」
「3年や。」
「ほんじゃ熨子山周辺の事には相当詳しいんか。」
「まぁ、たまに山菜採りとかもしとっから、大方の事は知っとる。」
「熨子山の展望台から麓の方に降りてくるためには、県道熨子山線以外にどんな道があるんや。」
「そらぁ、いっぱいあるわいや。ハイキングコースもあるし、農道もあるし、獣道もある。犯人が逃げようと思えば、何とでもなるわ。でも、この山の事を相当知っとる人間じゃないと、難しいやろな。」
「なんでや。」
「なんでって、古田ァ。おまえ何も知らんげんな。」
「あ?」
「あのな。夜の山っちゅうのは、真っ暗闇なんや。どこにも灯りがない。」
「どいや街灯くらいあるやろいや。」
「だら。それあんのはお前の言う県道熨子山線くらいや。そのほかの場所は何もない。辺り一面漆黒の闇なんや。」
「ほう。」
「先ずその暗闇で方向感覚が無くなる。ほんで足場も悪い。山にはいろんな植物があるやろ。あれらが夜になると夜露を纏ってくる。ただでさえ視界が悪いがに、よろよろ歩いとってそれ踏んで転ぶ事もある。」
「んで。」
「んで山やから坂道ばっかや。ただ転んでも勢いついてダメージ3割増し。運が悪けりゃ骨折。下手したら崖から転落なんちゅうこともある。ほんで今は冬や。ただでさえ寒い。こんな季節に山の中にポツーンって置き去りにされたら、凍死っちゅうことも十分にあるんや。」
「そいつは危ねぇな。」
「ああ。夜の山はなめんなよ。」

古田は鈴木から聞く、夜の山の怖さについて納得しながら相槌を打った。

「まぁ、っちゅうことは、ホシはその危険極まりないこの山のことを簡単に逃げおおせるほど熟知しとるってことやな。」
「ああほうや。俺でも夜の熨子山は怖くて近寄れん。しかしあのひょろっとした神経質そうな一色が熨子山のことをほんだけ知っとったっちゅうのは意外やわ。」

古田はしばらく考えた。そして背広の内ポケットから手帳のようなものを取り出して眺めた。その1ページには一色の略歴がメモしてあった。

「どうした。」

鈴木は古田に声をかけた。

「一色は金沢北高出身や。」
「あ?そうなん。」
「ああ。北高は熨子山の麓の高校。」

鈴木は腕を組んで、天井を見て考えた。

「そう言えば、北高の生徒が熨子山をランニングしとることがあるわ。」
「ほう。なんの部活や。」
「ほら野球の格好しとるやつもおれば、バレーみたいな格好しとるやつもおる。結構いろんな部活の連中が走っとるぞ。」

古田は「そうか」と言って手帳に記してある、一色の略歴の中の金沢北高という文字の下に線を引いた。

「ところでお前、こんなこと一人で調べてどうすらんや。」
「…。」
「じゃまねえがん。」
「何が。」
「察庁から来たっちゅう、警視正さん。えらい曲者らしいな。噂はワシの耳にも入っとる。」

鈴木は茶をすすりながら古田の様子を伺った。

「まぁ、ワシはあいつとは関係ねぇわ。勝手に引っ掻き回してくれや。」

古田は短く刈り込まれた自分の頭を掻いた。

「お前、二課やろ。この事件は一課のシマやろいや。」
「ほうや。ほやからワシはひとりで調べとる。」
「ひとりで?」
「ああ。ホシは刑事部長やからな。シマは確かに一課やけど。ウチんところも無関係じゃない。」
「まぁそうやけど…。」
「あいつは一応、かつてのワシの上司やからな。」
「そうやったな…。」

古田は畳の上に置かれたアルバムのようなものに気がついた。
鈴木は古田の視線を追って、彼が何を見ているかすぐに察した。

「ああ、何かウチの娘が今度、男を連れてくるって言っとったから…。」
「おう、お前んとこの娘はいくつになったんや。」
「26や。」
「何の仕事しとるん。」
「銀行。相手も同じ会社の奴らしい。」
「おめでとうございます。」

古田は鈴木の方に向かって、わざと仰々しく戦国武将のように頭を下げた。

「やめてくれや。俺なんて、あいつに何一つ父親らしい事してやってないんや。今言った、年の事とかどんな仕事をしとるかなんて事も、つい最近カミさんに言われて知ったくらいや。」

鈴木はそう言って、少しもの寂しげな表情になった。古田は彼の表情の変化を見落とさなかった。

「でもな、そうやってちゃんと親父に報告にくるっちゅうことは、娘の中でお前はやっぱり父親やってことや。ワシなんかそうなる前にカミさんに逃げられとるからな。」

古田は苦笑いをして、アルバムを手に取りそれに目を落とした。古田の言葉に今まで家庭を顧みず、自分の好き勝手に仕事をして来た自分に自責の念を抱いていた鈴木は、少し救われる気がした。

「なあ。」
「なんや。」
「身元が分かっとるガイシャ2人おるやろ。」
「おう。」
「どっちも同じ会社に勤めとったそうやな。」

アルバムを見ていた古田は顔を上げ鈴木の顔を見た。

「んでうちの娘と同い年。…ほやからなんか被って見えるんや。」
「…。」
「なんかなぁ、俺も他人事じゃねぇげんて。」
「…ワシもお前も他人事では済まされん、どでかいヤマやってことやな。」
「ああ。ほやから俺にできることは何でも言ってくれ。できることはなんでもする。」
「助かる。」
「トシ。お前の手でホシをパクってくれ。」

古田はしばらく黙り、鈴木の目を見て言った。

「…まかせろ。」

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posted by 闇と鮒 at 00:00| Comment(0) | ポッドキャスト | 更新情報をチェックする