26,12月20日 日曜日 15時00分 七尾市街地

26.mp3 能登半島は海岸線が複雑に入り組んでおり、その景観の良さから観光スポットとして人気がある。 石川県外の方は、能登と言えば荒々しい男の海の風景を連想されるだろうが、それは外浦と言われる日本海側の海の事であり、内浦と言われる富山湾側の海はそれと反して穏やかで女性的な表情を持っている。 七尾市は内浦に面している。 能登島という島をもつ能登半島の中央部の都市であり、能登地区の中心都市としての性格を持つ。 地形的にも農林水産業が主たる産業となっており、そこから派生する二次産品や加工品が主な産業となっている。 また和倉温泉を中心に温泉場が多いのも特徴である。 この七尾市の市街地にあるアパートに男は住んでいた。 間取りは1DKと狭い。 部屋に敷かれた畳の色は最近張り替えたのか、青々としたい草の色そのもので、仄かに香っていた。 男はその部屋の中心にあぐらをかいて座り、背筋を伸ばし、肩の力を抜いて、両手のひらを上に向け重ね合わせ、その親指を触れるか触れないかのぎりぎりの線で静止させていた。 まるで禅僧のようである。 彼は部屋に唯一ある窓と向かい合って、目を瞑り、その呼吸を整えていた。 部屋の中には何も無い。テレビもラジオも冷蔵庫も電子レンジも。あるのは男の身一つと毛布だけだった。 インターホンが鳴った。 先ほどまで隣の部屋で何かの物音がしようが、外で犬が鳴こうが微動だにしなかった彼だったが、ここではじめて目を開いた。 そしてすっくと立ち上が…

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24,12月20日 日曜日 14時05分 佐竹宅

24.mp3 アサフスで購入した花が入った箱を手にして自宅に帰ってきた佐竹は、それをダイニングテーブルの上に置いた。 花が入った箱を丁寧に開封すると子豚のかたちの鉢に三種類の花が奇麗に収まっていた。 佐竹は花に関する知識は持ち合わせていない。だから、それらの花がどういった種類のものなのか分からない。彼の部屋には植物の類いは一切なかった。あるのは雑誌書類、パソコン、テレビ、その他家電、家具といったもの。この実用性のみを追求した部屋に植物が加わるのは異色であった。 だがそう言った環境だからこそ、花の存在感は大きかった。 テーブルの端に置かれたノートパソコンを開き、「12月 花」で検索をかける。そして上位に表示されたサイトを見た。眼の前の花とサイトを見比べて佐竹は子豚の鉢に収められているのは黄水仙、雪ノ下、プリムラである事を知った。 ーへぇ。そんな名前なのか、これ。 佐竹は花の説明と合わせて書かれている花言葉に目をやった。 黄水仙(キズイセン) 愛にこたえて 雪ノ下 切実な愛情 プリムラ 永続的な愛情 全ての花言葉に愛という言葉が入っている。それに気がついた佐竹は少し熱くなった。 ふらっと訪れた一見客。花をくれと言ったら愛があふれる花を提供された。もしやあの山内という女性、こちらに気があるのか?などと自分にとって非常に都合のいい解釈をしたのである。 しかしよく考えてみれば、この時期に花をプレゼントする状況というものは限られてくる。店に飾ってあ…

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25,12月20日 日曜日 13時52分 フラワーショップアサフス

25.mp3 外を見ると先ほどまで振っていた雪は止んでいた。 アサフスに面した山側環状線では、断続的に何台ものパトカーが熨子山方面へ向かっていた。ついさっきも機動隊の車が走っていった。異様な光景だ。 何か事件に展開があったのだろうかと赤松はテレビをつけた。しかし事件の続報を報じる局はなかった。サスペンスドラマやバラエティ番組の再放送、テレビショッピング等、日曜の日常がそこにあった。テレビのスイッチを切った赤松は店内の時計を見た。 時刻は13時52分。15時頃には葬儀会場の方へ行って、飾り付けを始めなければならない。 ―もうしばらくしたら、出んとな…。 心の中でそう呟いた赤松は、ふさぎ込んだ綾がいる二階の寝室へ向かった。彼女はベッドの中に潜り込んでいた。 「綾。」 返事が無い。 赤松は彼女のそばに寄って、再び声をかけた。しかし返事が無い。彼は返事を期待せずに話しかけた。 「今日は葬儀会場に美紀と行ってくる。…辛いと思うけど、店番頼めっかな。」 綾はベッドの中でごそごそと動いて、返事のようなものをした。 ―だめか。仕方が無い。母さんに頼もう。 赤松は静かに寝室のドアを締めて階段を下りたところにある和室の襖を開けた。老眼鏡を掛けた文子が新聞を広げて読んでいた。 「母さん。」 「何だい。」 「ごめんやけど、店番頼めっかな。」 文子は新聞紙に目を落としたまま赤松に答えた。 「いいけど、綾さんはどうしたんけ。」 「あ…

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23,12月20日 日曜日 13時08分 熨子山連続殺人事件捜査本部

23.mp3 「未明のガイシャの身元が判明しました。」 察庁組だけが残る捜査本部に関が入って来た。捜査データを分析をしていたスタッフは手を止めて関の方を見た。 「報告しろ。」 「はい。ひとりは穴山和也。23才男性。住所は金沢市銚子。地元ガソリンスタンドに勤務する男です。県外出身者であり、アパートに一人暮らしをしていたようです。勤務先のガソリンスタンドの店長が、出勤日のはずなのに連絡がつかないとの事で警察に届けがあり、本人の特徴等を照らし合わせた結果、身元が判明したものです。」 「ほう。で、もうひとりは。」 「はい。もうひとりは井上昌夫。こちらも23才男性。住所は金沢市土清水。地元繊維会社に勤務する男です。今日の10時頃、同居人である女性から警察に捜索願が出され、特徴等を照合の結果、本人であると判明しました。この井上も穴山同様、県外出身者です。」 松永は関の報告を受けて、几帳面にA3サイズのコピー用紙にフェルトペンで相関図のようなものを書きながら、関に質問をする。 「あー、二人の関係は。」 「調べましたところ、二人とも香林法科大学の同期生であるということです。」 松永は二人の名前を一本の直線で結びつけた。そしてその直線の中心からさらに一本の線を引き一色の名前を書いた。穴山、井上、一色の三名が英字のTで結びつけられる。 「で、この二人と一色の関係は。」 「それが、全く分かりません。」 松永はペンを置いて、腕を組んだ。 「現在は両者の携帯電…

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22,12月20日 日曜日 11時48分 県道熨子山線 熨子町集落周辺

22.mp3 熨子山の登り口にあたる熨子町の集落周辺は、松永率いる捜査本部の指示で検問の体勢をさらに強化する事となった。1時間前には3名の警官が検問にあたっていたが、さらに補充され6名の人員が検問にあたっていた。 熨子町に唯一アクセスできる県道熨子山線は石川県と富山県を結ぶ生活道路でもある。そのため事件後もいつもどおり石川・富山の双方からの往来があった。このように交通量が多い道路を完全封鎖するのは難しい。そのため警官の補充を持って検問体制の強化を図ったのだ。 事件現場から最も近い熨子町の集落では、所轄捜査員が全軒対象の聞き込み捜査を行っていた。当時の車の通行状況や、不審な人物の目撃情報を中心に尋ね歩いていた。 さすがに山である。平野部ではちらちらと舞っていた雪も、ここではうっすらとではあるが積もりはじめていた。 検問の任にあたっている、警官たちは寒さに身をすくめながら、時々この場所を通過する車輌を止め、検査していた。 一台のSUV型の車輌が石川県側からこちらに向かって来た。警官が警棒を高らかに上げ、止まるように合図する。車輌は減速し、警官の指示通り停車した。 「おつかれさまですー。どちらにいかれるんですか。」 警官が運転手に声をかける。 「ちょっと、高岡の方に用事があって。」 「そしたら、免許証見せてもらえます。」 男は車のギアをパーキングに入れ、サイドブレーキを引き、助手席に置いてあった鞄の中からそれを取り出して警官に渡した。警官は老眼な…

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21,12月20日 日曜日 12時22分 熨子駐在所

21.mp3 「よう。」 駐在所の奥にある畳が敷かれた休憩室で横になって、うとうととしていた鈴木は、不意を討つ来訪者に睡眠を妨害された。彼は目を擦りながらその身を起こし訪問者の方を向いた。 「なんや、トシじゃいや。」 「おう、お休み中すまんな。」 熨子駐在所を訪れたのは、捜査二課の古田だった。 彼は休憩室に上がり、その畳の上にあぐらをかいて座った。 「どうしたんや。急にこんなとこに来るなんて。」 「まぁ、お前に直接、いろいろ聞きたい事あってな。」 古田と鈴木は昔なじみの同期の間柄である。どちらも年齢は59才。来年には定年を迎える年だ。だが、彼らの警察における階級は異なっている。古田は県警本部勤務の警部であるのに対して、鈴木は駐在所勤務の巡査部長だ。 この同期の二人になぜこれだけの階級の開きがあるかと言えば、それはひと言で説明すると、その生き方に要因がある。 二人とも高校卒業後から警察官としての職務を担っている。古田は元々、公務員採用制度に疑問を持つ人間だった。受験できる採用試験は学歴によって区別され、スタートラインも違えば、その出世の終着地点も違う。学歴が全てのこのシステムになんとか風穴を開けたいとの気持ちが、彼を「スッポン」の異名を持たせる程にさせた。ノンキャリでもやればここまでできるという手本を示したいという目標があったため、昇進試験を積極的に受けて警部まで昇進した。 一方、鈴木の方は地域密着の交番勤務の仕事を続けたいために、管理の仕事が…

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