34,12月20日 日曜日 17時30分 フラワーショップアサフス

34.mp3 開発が進んでいるとは言え熨子山の麓に位置する田上は、金沢の中でも雪深い地区であった。車の窓から外を眺めるとアサフスのある一帯は一面銀世界となっていた。 アイドリングしたままの車内にいる佐竹はアサフスに入店する機会を伺っていた。駐車場には彼の他に1台、客のものと思し召しき車両が止まっていた。 客が店を離れるのを待ちながら、ふと彼は思った。 ーさっきもこの店に来て、今またここに来るなんて不自然じゃないか? 冷静になって考えて見れば、佐竹のこの気づきは至極当然のこと。 先程は旧友に会いに来たついでに、社交辞令的に花を購入した。 その理由は対応してくれた女性店員があまりにも魅力的であったためだ。 彼女に接近するきっかけを得ただけで急に馴れ馴れしく接しようというのは不自然極まりない。 不自然な言動はかえって相手に疑念を抱かせることになる。 それにアサフスは桐本由香の死をうけて、日常を保っている状態ではない。 こんな時に手土産持って、再度お伺いというのは空気を読めない行動の最たるものではないか。 先程と同じく客がいなくなるのを見計らって店に入ろうとしたが、ここで佐竹は浮き足立っている自分と向きあって立ち止まった。 功を焦るあまり必敗の地へ誘われ、見事討ち取られた先人たちの姿が、ふと彼の脳裏に浮かんだ。 ー焦るな 佐竹は自分に言い聞かせた。しかし一方で自分の行動を擁護する自分がいることにも気づく。 兵法に「天地人」という言葉がある…

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33,12月20日 日曜日 17時12分 金沢駅

33.mp3 はくたか13号が金沢駅に進入してきた。時刻は17時12分。到着時刻は17時13分であるから定刻通りだ。 東京から北陸までの電車での道程は一般的に新潟周りの路線が選択される。 東京から越後湯沢までは上越新幹線。その後特急はくたかに乗り換える。 はくたかに乗り換えてしばらくして、雪のため運行ダイヤが乱れるかもしれないとの車内アナウンスがあったが、日本の交通インフラは世界に冠たるものだ。 電車は金沢駅のホームに滑り込む。最終的には一分の狂いも無く金沢に到着することができた。 学生風の若者は携帯音楽プレーヤーのイヤホンからシャカシャカと音を漏れさせながら、窓からホームの様子をのぞき込んでいる。 ビジネスマン風の男はおもむろに携帯電話を取り出しどちらかにメールを送っている。この車両乗降口に直江はいた。 彼が立つ3両目と4両目の連結部の乗降口には彼を含めて三人の男が立っていた。 ひとりは疲れたスーツを着たサラリーマン風の男。もうひとりは直江とともに金沢にやってきた高山であった。 電車が止まり、ドアが開いた。人気のないホームにアナウンスが響く。 「終点金沢、金沢です。お忘れ物のないようにご注意ください。ご乗車ありがとうございました」 直江と高山はサラリーマン風の男の後に続いた。二人は無言のまま改札口まで向かった。金沢駅の改札口は有人であった。 改札を抜けると目の前に駅ナカのコンビニが見えた。 「直江さん、腹減りませんか。」 「そうだな、…

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32,12月20日 日曜日 17時03分 金沢駅付近

32.mp3 混み始めた幹線道路に一台のトラックが走行している。 ウィンカーを出すタイミングとハンドルをきるタイミングが極端に短く、大きな車体を乱暴に操りながら車の間を縫うようにそれは走っていた。 傍目から見ればかなり乱暴な運転である。 「あの…」 助手席にいた美紀が不安そうに口を開いた。が、運転席の赤松は無言である。 「危ないと思います…。」 美紀がそういうのも無理もない。 赤松がハンドルをきる度に車体が傾き、遠心力で彼女の華奢な体がシートの座面を滑るほどである。 赤松は彼女の言葉に反応を示すこと無く、ただひたすら前を向いて無言で運転している。焦っている様子はない。無表情に近かった。 普段は美紀に気さくに話しかけ、丁寧な運転をする彼であるだけに彼女は不安になった。ヒヤッとするたびに両足に精一杯の力が入ってしまう。 「…社長。わたし、何か失敗しましたか。」 信号待ちとなり、ふと助手席に座っている美紀の顔を見ると、目に涙を浮かべ今にも泣き出しそうだった。それを見て赤松は我に帰った。 ーしまった…。桐本さんの娘さんのことがあったってのに、俺といったら…。 「すまん…。」 信号が青になった。発信するときの彼のクラッチの繋ぎはいつものようにスムーズなものになっていた。 「君には一切関係の無いことや。俺が悪かった。謝る。」 赤松の頭は母の文子から聞かされた、父親の死の真相でいっぱいだった。 いや、真相かどうかは分からない。母…

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31,12月20日 日曜日 17時16分 民政党石川県支部

31.mp3 村上は民政党石川県支部の三階にあるホールの外にいた。受付に置かれたパイプ椅子に腰をかけて彼は携帯電話を触っていた。 ホールの中では本多善幸が支援者に対して、国土建設大臣就任の挨拶を先ほどから述べている。 「村上君。」 パリっとした身なりの小柄な男は村上の前に立って声をかけた。 「あっ専務。」 村上は慌てて携帯電話をしまい、彼の前に直立不動に立った。声をかけてきたのは本多善幸の実弟、本多慶喜だった。 「ああ、いい、いい。君も疲れているだろ。座ってなさい。」 そう言うと男は村上の隣に座った。 「恐れ入ります。」 「とうとうここまで来たな。」 「はい。」 「やはり今日は多いな。」 「はい。先生に対する期待の現れです。」 慶喜はふっと笑みを浮かべた。 「いや、地元選挙区で兄貴の代わりに飛び回ってくれた君を始めとする、優秀なスタッフがいたからこそだと俺は思う。」 「ありがとうございます。」 「あのな、小松空港で兄貴と話をしていたんだ。そろそろ我が党も新しい候補者を出さんといかんってな。」 村上は本多慶喜の言葉を聞いて身構えた。 「君も知っているだろう。石川3区の件だ。」 石川3区は奥能登の珠洲市から金沢市北部に隣接する津幡町や内灘町までの能登地区を中心としたエリアである。 小選挙区制が導入されてから、与党民政党は勝ち続けた。特にこの石川3区においては負けなしの実績を誇っている。 しかし、近年の不況を…

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