39,12月20日 日曜日 19時48分 佐竹宅

39.mp3 帰宅した佐竹の心中は穏やかではなかった。 ーなんで赤松の母さんは、俺に一色のことなんて聞いたんだ。俺は一色とは何の関係もない。赤の他人だ。俺は何も知らない。何も関係がない。あいつが悪いんだ。あいつが全部悪い。 佐竹は冷蔵庫を開け、そこに入っていた缶ビールを一気に飲んだ。 ーまさか…俺…疑われているのか…。 ふと動きを止めて部屋に飾ってある高校時代の写真に目をやった。写真の先にある赤松の表情は笑顔だ。 ーいや、そんなはずはない。 再度、佐竹はビールに口をつけた。 赤松文子から唐突に自分と一色の関係を尋ねられたことに、混乱と一種の憤りのようなものを佐竹は抱いていた。 ー一色くん…。くん?…赤松の母さん、一色のこと君付けで呼んでたよな。なんで自分のところのバイトを殺した一色のことをそんな呼び方するんだ? 飲み干した缶ビールを握りつぶした。 ー考えすぎだ…。 佐竹は自分の精神状態が穏やかでないことは知っていた。 高校時代の同級生が連続殺人事件の容疑者として世間を騒がせている。その容疑者は縁もゆかりもない存在ではない。高校時代はむしろ密接に彼と関わってきた。 そうであるがために、一色の存在は自分の心に影を落としている。気を紛らわせるためにも村上と連絡を取り、そして赤松とも直接会った。 アサフスで目にした山内美紀の魅力に心奪われはした。しかしいま冷静に考えてみると、自分は本当に彼女に好意を抱いているのだろうか。ひょっ…

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38,12月20日 日曜日 18時32分 古田宅

38.mp3 「鍋島惇。」 「まさか。なんでここであいつが出てくるんや。」 「ふっ、なんでって、しゃあねぇやろ。高校時代の同級生やからな。しかも奴さんは高校時代の戦友と来たもんや。繋がってしまったからにはどうしようもない。」 「でも、この鍋島は熨子山のヤマと関係あるんか。」 「さぁ、それは分からん。そいつはこれからの捜査次第で関係性が出てくるかもしれんし、まったく関係がないかもしれん。とにかく、一色の周辺を洗っとったらこんなもんが出てきましたってことや。」 「トシさん…あんた情報集めてくるのは良いんやけど、頭こんがらがってこんか。」 「だら、これが仕事やろいや。」 4年前、金沢市内のとある私立病院をめぐって横領事件が発生した。 経理担当の病院職員が診療報酬を水増しして国に請求し、その差額分を横領するというものだった。 この捜査にあたっていたのが古田であった。被疑者である病院職員はすぐさま逮捕されたが、その使徒がなかなか判明しなかった。当初はギャンブルですったとか、散財したとかその男は話していたが、裏が取れなかった。古田のスッポン捜査で被疑者の周辺を虱潰しにあたっても彼が散財した形跡を見つけることはできなかった。 そこで疑念を抱いたのが当時捜査二課課長として赴任してきて早々の一色だった。 現金だけが領収書もレシートも目撃者も無く跡形もなく消えている。しかもその横領金額は5億円。何回かに分けて横領されていたことはわかるが、忽然とその大金が消えていることが腑に落ち…

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37,12月20日 日曜日 18時10分 古田宅

37.mp3 「部長と穴山と井上の接点というのは、こんなところや。」 「ふーん。…やるかやらないか…それが問題ってか…。」 「ああ。」 「んで、殺っちまったってか…。」 片倉は手にしていたノートを一旦畳んで、天を仰いだ。 「よしトシさん。要点を整理しよう。」 「ん?」 「一色は穴山と井上に何かしらの制裁を加えたかった。」 「うん。」 「そしてその制裁にはスピードが必要やった。」 「そうや。」 「仮に今回の事件がその制裁やったとせんけ。憎き豆泥棒(性犯罪者)は死んでめでたしめでたし。ほやけどスピードって点でどうや。」 「そうやなぁ、決して早いとは言えん。」 「穴山と井上を首尾よく殺したんはいい。だが、その後の桐本由香と間宮孝和はどうなる。こっちの方は一色と接点が見いだせん。」 ふたりとも黙ってしまった。 「片倉、ワシも初めは今のお前のように考えた。でも接点とかこだわっとると、なかなか自分の中のストーリーが展開していかんがや。」 そうならそうと先に言えと言わんばかりの憮然とした表情で、片倉は古田を見た。古田は片倉の顔を見て失笑し、話を続けた。 「すまん。まぁ聞いてくれや。さっき北高に行ってきたんや。」 古田は背広のポケットから幾重にか折りたたまれた何枚かのコピー用紙を取り出して、畳の上にそれを広げた。 「卒業アルバムの写や。全部で12枚ある。」 そのコピー用紙一枚毎に一名の卒業生の顔写真がコピーされていた。それぞれ写真の…

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36,12月20日 日曜日 18時28分 県警本部前

36.mp3 「あれか。」 アイドリングをしていた車のエンジンが切られ、中から男が二人現れた。 ひとりは身の丈180センチはあるかと思われる体格のよい30後半か40前半の男。彫りの深い彼の顔つきと体格はどこか日本人離れした様子だった。一般的には男前と言われる部類の容姿を持っている。ゆっくりとした動作のひとつひとつが、直江に威厳を持たせていた。 一方、もうひとりの男は彼と対照的だった。身長165センチほどの彼は小太りだった。胴長短足の典型的な日本人の体型をしている。高山の表情はどこか柔和であり、他人の警戒感を解きほぐす不思議な魅力を持っているようだった。親しみを覚えるその表情は、おそらく彼の肉付きの良さそして垂れ下がったその目つきからくるものなのだろう。直江と比べて、高山のほうが年齢は若く見えた。 「おおっ寒い。」 高山は車の外に出た途端、身震いをした。 直江は彼の言葉に耳を貸さない。彼は少し身をすくめるだけで、そのまま県警の正面玄関の方へと足を進める。直江と高山とでは歩幅に歴然とした差がある。高山は直江に離されまいと小走りに続いた。 正面玄関から手に鞄を持った痩身の男が現れると、玄関前に立っている警官が機敏な動作でその男に敬礼をした。彼それに軽く応えては正面に待たせてある黒塗りの車両に乗り込もうとした。 「朝倉本部長ですね。」 自分の名前を呼ぶ声に朝倉は振り向いた。 「東京地検特捜部です。」 直江と高山の二人がコートを着た姿で立ってい…

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35,12月20日 日曜日 17時20分 古田宅

35.mp3 県警本部から車で10分離れた金沢駅の近くに古田が住むアパートがあった。 築15年。古田は離婚後、この木造二階建ての質素な作りのアパートに引っ越してきた。 2DK、畳式の間取りは、古田ひとりが生活するには充分のスペースである。 このうちの一部屋は古田の趣味でもある仕事部屋に割り当てられている。 捜査に関する資料を外部に持ち出すことは禁じられているが、個人的に書き留めたメモ類であるとして古田はそれらを自宅に保管していた。 無論このメモを見ることができる者は彼以外にない。 古田のメモ魔ぶりは県警内部の一部では有名だった。 聴取する古田の手には必ずメモ帳があり、話し手の一言一句も逃さぬように書き留めた。捜査に対する執念深さもそうだが、このメモ魔ぶりが彼をスッポンの異名を持たせる所以でもあろう。古田は部屋に吊り下げられた電灯のひもを引っ張ってその部屋の電気をつけた。 「こらぁすげぇわ。」 灯りによって明らかになった室内の畳に散乱するメモ帳やノートの量に片倉は立ちつくして驚嘆した。 「トシさん。これ、どれから手ぇ付ければいいんや。」 片倉は半ばあきらめ口調で古田にいった。 「先ずは今回のガイシャから行ってみようか。」 そう言うと古田は畳の上にどっかと腰をおろし、一枚の分厚いノートを片倉に差し出した。ノートの表紙には7月備忘と記されている。古田のメモは今まで誰も読んだことがない。門外不出の捜査資料だった。片倉と古田は旧知の仲ではあるが…

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