47,12月21日 月曜日 9時56分 喫茶BON

47.mp3 金沢駅構内のテナントスペースの一角にあるBONに、佐竹が銀行員特有の大きなカバンをもって入ってきた。 「あら、佐竹さんじゃない。」 マスターの森は中年の男性であるが、女性のような口調で佐竹を意外そうに見ながら、声をかけた。佐竹は森の言葉には耳を貸さず、店内をひと通り見渡していた。 入り口から見て死角となるところに陣取っていた古田は、入店してきた佐竹に手を上げて合図した。それに気づいた佐竹はようやく森の言葉に反応した。 「ああ、マスター。ちょっと約束があったんだ。」 「あらそう。」 「このことは誰にも内緒でお願い。」 「いいわぁ。で、コーヒーでいいのかしら。」 「あぁそれで。」 佐竹は店の奥にあるテーブル席でメモ帳を開いて座っている古田と正体した。 「おまたせしました。」 「こちらこそ、突然すいませんでした。」 古田は佐竹に頭を下げた。 テーブルに配された灰皿に三本の吸殻を見て古田が喫煙者であることを確認した。 「私も吸っていいですか。」 「おう、佐竹さんも吸われますか。」 「ええ。」 「これは嬉しいですな。ガンガン吸ってください。とかくこの世は喫煙者には肩身が狭いですからね。」 古田は苦笑いを浮かべた。 「いつかは警察の方が来られるだろうと思っていましたが、こんなに早く来られるとは。」 佐竹は勢い良く吸い込んだ煙を吐き出した。 「ほう、どうして我々が来ると思われたのですか。」 「私と一色は何…

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46,12月21日 月曜日 9時05分 金沢銀行金沢駅前支店

46.mp3 今年も余すところ少しとなり、金沢銀行金沢駅前支店の週明け月曜日は朝から混雑していた。 クリスマス向けの現金引き出しで来店する個人客もいれば、年末の差し迫った資金繰りの悩みを抱えてくる企業の経理担当者もいる。時間的なもの、金銭的なもの、多種多様であるが皆一様に余裕が無い。 どうしてこうも日本の年末というのは気忙しいのだろうか。 古田はその落ち着きのない店内に入るやその周囲を見渡した。佐竹康之がここにいるかを探るためだった。 「いらっしゃいませ。どういったご用件でしょうか。」 店内の隅から隅まで見渡している古田を見て、フロアに立っていた女性行員が声をかけた。 現金の入出金や振込はATMで済ませることができる。銀行側にとってはそれを利用してもらうほうが、単純作業だけを行う人員の削減につながる。人と人が顔を合わせて生まれるコミュニケーションもあろうが、そのコミュニケーションは時としてトラブルを招く要因ともなる。単なるオペレーションであるならば人がそれをする必要はない。機械の方が人と比べてより正確で迅速だ。そのため銀行ではこの手のフロアレディがよく立っている。彼女らは手取り足取り機械操作が不得手な連中を相手に、それを教授する。 機械の操作が不得手な老年層にとってはこれは苦行のようなものかもしれない。せっかく自分の資産を預けているのに、それを引き出すたびにわざわざ苦手なものと対峙せねばならないというのか。 「あのー佐竹さんに用事があってきたんやけど。」 「代理…

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45,12月21日 月曜日 9時10分 金沢北署1階

45.mp3 「なんやこれ…すごい人や…。」 北署の前に小西は立ち尽くした。報道関係者が歩道に所狭しと待機している。このあたりではそうも見ない全国ネットのテレビ局の中継車、自らが所属するメディアを証明するための腕章をつけた記者と思われる者たちが通りを行き交っている。 これらの者たちを横目に小西は北署の正面玄関をくぐって目の前にある生活安全課の若い署員に声をかけた。 「あの、すんません。」 「何ですか。」 「えーっと。」 小西が北署にくるのは初めてのことではない。北陸タクシーに勤務してから過去一度だけ人身事故を起こしたことがある。その時にここに来た。幸い相手側は軽傷であり、ちゃんとした事故処理をすればそれで良いとのことだったので、そのまま会社に報告。現在の部長が小西と会社の間を取り持つことで、懲戒免職は免れることとなった。相手側も北陸タクシーの迅速な対応を好感し、事故は円満に処理された。一般の人間が警察署へ行くということはほとんどない。この小西のように事故の関係でやむを得ず行く程度のものだ。特段の事情がない限り縁のない役所である。 今回の小西の北署訪問は昨日明らかになった殺人事件に関する情報の提供だ。その殺人事件の捜査の行方を追いかけるために、この北署に大マスコミから大勢の人員が派遣されている。世間が注目するこの事件の有力な情報になるかどうかもわからない、得体のしれない情報だけをぶら下げてきた小西は一種の恥じらいと緊張をもっていたため言葉に詰まったのだ。 「どう…

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44,12月21日 月曜日 8時45分 県警本部駐車場

44.mp3 「よし勤務先と住所は抑えた。」 そう言うと車に乗り込み、エンジンをかけた片倉は手にしていたスマートフォンを胸元にしまいこんだ。 「便利やなぁ。」 「トシさん、もう紙を持ち歩く時代は終わったんやぞ。」 「ほうか、ワシはいつまでたってもメモ帳や。ちょっとそれ見せぇや。」 「何や。」 「それ、ここに書き写す。」 片倉と古田は、佐竹、赤松、村上の三名の住所と勤務先を仕入れて県警本部の401資料室からそそくさと出た。その際に片倉は書き写していると時間がかかると言って、つい最近手に入れたスマートフォンのカメラでそれらの情報を撮影し、そこに保存した。古田は片倉から手渡されたスマートフォンを慣れない手つきで操作しながら、その情報を愛用のメモ帳に書き写した。 「先ずはどこから行く。」 「兵は神速を尊ぶ。ほやから別々にあたらんか。」 「おう。」 「ワシはこの佐竹と赤松っちゅう奴を当たる。お前は村上を当たってくれんか。」 「わかった。」 「ワシは自分の車を使う。お前もあんまり不在の時間が多いと怪しまれるから、その辺りは注意せいや。」 「じゃあ、先ずはトシさんを一旦家まで送るとするか。」 片倉はサイドブレーキを下ろしてアクセルを踏み込んだ。 「金沢銀行金沢駅前支店か。ワシの家の近くやな。」 「誰がや。」 「佐竹や。」 「あれか。剣道部のムードメーカー的な存在やったって奴か。」 「そうや。とある組織の潤滑油。この手のポジションにある奴がだい…

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