52,12月21日 月曜日 10時35分 喫茶ドミノ

52.mp3 「コンドウサトミって誰ねんて…。」 赤松剛志は誰に言うわけでもなく、コーヒーをすすりながら呟いた。 「自分の頭のなかだけで考えとっても整理できん…。」 そう言うと彼は胸元からヘミングウェイやピカソがかつて愛用していたメモ帳のようなものを取り出して、ペンを走らせ始めた。 ー6年前の事件のことをここに書き出してみよう。 赤松は父親の忠志を中心にしてそこから放射状に人物を書き出し始めた。先ずは6年前の事件の相関関係。マルホン建設とベアーズデベロップメント、そして本多善幸。その構造を知ったのが父。その情報を共有していたのが母の文子。誰が父に直接手を下したかはわからない。警察では事故で処理された父の死だったが、一色は事故ではないと言っていた。キーワードはコンドウサトミという架空の人物。500万の現金は回収されたはずなのに、なぜか再びウチへ戻ってきた。 この辺りまで書きだした赤松は筆を止めた。 ーここだよ…やっぱりここが気になる…。誰が500万をウチに持ってきたんや。 ため息をついて赤松は天を仰いだ。 「誰ですか。コンドウサトミさんって。」 野太い声が赤松の世界に割り込んできた。 「誰や。」 体勢を元通りにした赤松の目の前に、髪を短く刈り込んだ強面の男が立っていた。 「失礼しました。私こういうものです。」 「警察本部捜査2課…。」 「古田と申します。赤松剛志さんですね。」 突然自分の世界に割り込んできたかと…

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51,12月21日 月曜日 10時18分 本多善幸事務所前

51.mp3 駐車場に停めてあった自分の車に乗り込んで片倉は胸元からタバコを取り出しそれに火を着けた。 助手席側には先程まで一緒にいた岡田が座っている。 松永率いる捜査本部とは別に自分と古田が独自の捜査を行なっていることは極秘だ。 このことが露見すると松永の叱責が自分に飛んでくることはおろか、命令を出した朝倉の責任も追求されよう。 一緒に行動している古田も同様だ。片倉は村上から聴取した内容を頭の中で整理しながらタバコをふかした。 「お前、どう思う。」 「どうって言われても、正直課長が何を聞き出したかったのかわかりませんでした。」 「そうか。」 片倉は岡田にタバコを差し出した。 「吸えや。」 「いただきます。」 「お前、目の付け所がいいな。」 岡田はタバコの煙を吐き出して無言を保った。 「あいつ、何か臭う。」 「何がですか。」 「結果的に検問に一回しか引っかってないから、氷見から石川に入ったのは間違いねぇ。しかし。」 「しかし?」 「羽咋から民政党金沢支部までの時間が随分かかっとる。」 「それは私も感じました。…ただよくいるじゃないですか。広い駐車場みたいなところで車止めて死んだように寝とる営業マンとか。あいつも息抜きしたかったんじゃないですかね。」 思いっきり吸い込んだ煙を吐き出して、片倉は吸殻を捻り潰して灰皿にしまった。 「普通の状態ならわかれんて。あいつが。」 「高校の同期が容疑者だって話ですか。」 「ああ。」 「…

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50,12月21日 月曜日 9時30分 本多善幸事務所

50.mp3 「少しだけお話をしたいんですよ。」 本多事務所の受付の女性に名刺を渡して、片倉はその中の様子を伺った。 名刺を受け取った女性はそれに目を落とした。そして怪訝な顔つきでその名刺と片倉の顔を何度か見合わせた。 「どうしました。」 「警察の方なら今村上が対応しています。」 「は?私じゃなくて?」 「ええ。」 ーしまった。帳場の捜査とかち合った。…こうなったら一か八かだ。 「それは失礼。」 そう言うと片倉は女性の手にあった名刺を奪った。 「私はその人間の監督をする立場の者です。事務所の前で待ち合わせて一緒にお話を伺う予定だったんですが、彼は先に村上さんにお会いしてたんですね。大変ご迷惑をおかけいたしました。」 受付の女性は手のひらを返したように態度を変える片倉の対応に苦慮している様子だった。 「で、彼はどちらにいますかね。」 片倉は女性に付き添われて事務所二階の一室の前に案内された。女性がその部屋のドアをノックする。 「今来客中だから。」 憮然とした表情でドアを開けた男に片倉は一礼した。 「だれ。」 「申し訳ございません。私も同席する予定だったのですが遅れてしまいました。」 片倉は名刺を村上に渡した。 「捜査一課課長…。」 「村上隆二さんですね。」 「はい。」 「うちの若いのが先にお話を伺っていると思いますが、私も同席させていただいてよろしいでしょうか。」 村上は片倉の表情と名刺を見比べてどうぞと部屋へ招き入れた。 部屋の応接ソファに腰を…

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49,3年前 8月3日 水曜日 15時13分 フラワーショップアサフス

49.mp3 文子は固唾を呑んだ。 「忠志さんは知ってしまったんです。指定暴力団の仁熊会が公共事業に関する用地取得に深く関わっていることを。それもこの開発目覚しい田上地区に関する用地取得。そしてこれから本格着工される北陸新幹線沿線の用地取得についてです。用地取得にありがちな不正は、地権者が取得者に対して賄賂を送って、その査定に便宜を図るよう依頼するというものです。これだけなら話は簡単です。」 彼女はだまって眼鏡の奥に光る一色の目を見ている。 「忠志さんが知ったのは用地取得に関する複雑な構造だったのです。」 すると一色は自分にお茶うけとして出された3つの最中を文子の前に横一列に並べた。 「左から順番にマルホン建設。仁熊会。そして国としましょう。」 「国の用地取得での当事者における関心事は2つ。ひとつはその承知取得そのものの実施、そしてもうひとつがどの土地が取得対象になるのかということです。そこでまずこのマルホン建設工業が登場します。」 一色は左側の最中を手にとった。 「マルホン建設工業。石川県の地元有力土建会社です。先代社長は現在の衆議院議員、本多善幸です。彼は土木建設業界出身ということもありその分野に関しては深い見識を持っています。またマルホン建設自体が公共事業を生業としていることから、省庁にも顔が利きます。本多は国土建設省の族議員として政界で活躍をします。政務次官や党の部会長などを経てその影響力を高め、国土建設省の政策決定に深く関与して来ました。…

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48,12月21日 月曜日 9時5分 フラワーショップアサフス

48.mp3 桐本家の通夜は今日の19時からとの報が、町内の回覧板からもたらされた。 赤松剛志の頭の中には昨日のうちに桐本家へ弔問した時の光景が巡っていた。 ひとの不幸を知り仮通夜というものに足を運んだことが何度かある。自宅の仏間にその亡骸は安置され、顔には白布が被せてある。遺族と二三言葉をかわして焼香。近しい間柄なら顔を見ていってくれと言われ、その白布をとって対面する。この通常の仮通夜での粛々とした営みが、桐本家では行われていなかった。一枚の紙が桐本家の玄関に貼られていたのみであった。その紙には『通夜 明日19時~ 告別式 22日10時~』と書いてあった。場所はここから最も近いセレモニー会館だった。 赤松は昨日の仮通夜へ駆けつけるかどうか最後まで迷っていた。事件が事件だ。突然のわが子の死を両親が受け入れるには時間がかかる。当の自分でさえそうなのだから。町内会長にも弔問に行くべきか相談したが判断はお前に任せるといわれ逡巡した挙句、訪れようと決めた。だが玄関に貼られた紙を見て赤松は立ち入れない雰囲気が充満する桐本家を前に立ち尽くすしかなかった。 邸内からは泣き叫ぶ声、それと同時に激しい怒号が聞こえた。間もなく勢い良く玄関の扉が開かれ、喪服を着た二人の男が追い払われるように外に出された。その男たちは跪き、雨で濡れた地面に頭をこすりつけるように土下座をしている。 「もうしわけございません。」 二人の男めがけて塩が撒かれる。 「帰れ!!二度と来んなま!!」 声…

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