15,12月20日 日曜日 10時35分 金沢北署



朝倉と別所の二人は記者会見を終えて北署の署長室に戻った。
するとそこに二人の男が応接用のソファに座っていた。二人は朝倉と別所に気づくとすぐに立ち上がり名乗った。

「初めまして。刑事局の松永です。」

始めに挨拶をしたのは中肉中背の年齢は三十代後半~四十代前半と思われる男の方だった。
朝倉ははじめてその男を見た時に不快感を覚えた。襟と袖だけ色の違うクレリックシャツを身に着けた松永の胸元は第二ボタンまで外されていた。
彼は朝倉に手を伸ばし握手を求めた。

―これが上司に対する挨拶か。

渋々松永と握手をしたが、朝倉は眉間に皺を寄せ不快感を露にした。

「すいません。私のスタイルはお気に召さなかったですか。申し訳ございません。」

松永は朝倉の気持ちを察しそれとなく自分の行動の弁護をした。しかし朝倉はその言葉自体が嫌みにしか感じられず、無視をしてソファに座った。
松永は次いで別所と軽く手を握り自分の側近である関を二人に紹介した。関は松永とは違い、丁寧に挨拶をした。

「松永の補佐をしております関と申します。よろしくお願いします。」
「よろしく。」

朝倉は座ったまま関に対しては軽く会釈をした。
松永と関。対照的な人間が自分の前に座っている。松永の口元は若干上がり気味で、何やらにやにやとした表情であるのに対して、関はその表情に変化が見られない。身なりも松永はカジュアルなのに対して関はスリーピースのスーツと固い。見た目では関の方が上司に見える。

「本部長。」

前屈みになるように松永は自分の顔を朝倉の方へ近づけた。こっそりと話したい事がある人間は、自分の身や顔を近づける。しかし彼のその表情は相変わらず笑みを浮かべている。朝倉は気味が悪かったのでそのままソファに深く座った体勢で彼の言葉に耳を傾けようとした。

「勝手な事をされては困りますな。」

松永の表情は険しいものとなった。

「今後、この事件の捜査の全権は私が握ります。あなたはこの捜査に一切関与していただきたくない。おとなしく外野から見守っていてください。」

唐突だった。

「松永、貴様こそ誰にその口を叩いている。貴様こそ勝手な事をほざくな。」

はじめて松永を見たときから、その挨拶の仕方や身なりに嫌悪感を覚えていた朝倉は、階級では下にあたる彼の物言いにとうとう頭に来た。

「これは察庁の意向です。あなたこそ変な正義感を持ち出して勝手な事をしているではないか。」
ドスの聞いた声で松永は朝倉を睨みつけた。そして関に「おい」と合図をすると、彼はおもむろにバッグの中からノート型パソコンを出し、数回キーボードを
叩いて朝倉にその画面を見せた。

「これを御覧ください。」

メールが画面に映し出されていた。官房総務課長の宇都宮からのものだった。
朝倉と別所はそれに目をやった。件名は『先程の件について』である。

松永殿 

先ほどの県警の記者会見は大変残念である。
上意下達の意思決定システムに支障を来すような事があっては
警察組織の混乱を招く恐れがある。
ついては君に今回の熨子山連続殺人事件の総指揮をとってもらいたいというのが上層部の意見だ。
朝倉本部長の重大な命令違反についてはけいさつにおいて厳正な処分を行う予定だ。
それまで彼にはこの事件に関する一切の関与も認めない。
そのように彼に君の口から伝えておいてくれ。
追って私からも彼に直接問いただす。
事件の早期解決に期待をしている。

「まぁこういう事ですよ。本部長。」

メールを読む目の動きが止まったのを見計らって、松永はあっさりと言った。
朝倉はじっとパソコンの画面を見つめている。

「当然、今回の件の全責任は本部長にありますが、警務部もその重大な連絡が不行きであった点でお咎め無しとはいかんでしょうな。」

別所の顔は引きつった。額には汗がにじんでいる。

「おまえは刑事局の人間だろう。」

パソコンの画面の影から朝倉は鋭い眼光を光らせ松永を睨んだ。

「そうですがなにか。」
「刑事局の人間がなぜ官房から直接指示を受ける。」
「私は事件の捜査に関して刑事局長に委任されてきましたので、その手の指揮系統のご質問についてはお答えしかねます。おい関、あれを見せてあげなさい。」

松永がそう言うと彼の隣に座っている関が再びバッグを開き、中から一枚の紙を取り出した。
A4一枚の紙には捜査の権限を松永に一任する旨がしたためられ、捜査第一課特殊事件対策室長、捜査第一課課長、刑事局長の印が押されている。

朝倉はその紙をしばらく黙って見ると深くため息をついて「わかった」とだけいった。
その言葉を受けて松永は先ほどの笑みを浮かべた表情に戻り、ソファに座り直し一礼した。

「ご協力ありがとうございます。」
「ひとつ聞きたい事がある。」

そう言って朝倉は松永の捜査経験について質問した。
どこの馬の骨とも分からない頭でっかちの世間知らずに現場を荒らされては堪らない気持ちがあった。松永は朝倉の質問にひと言で答えた。

「今回がはじめてです。」

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