18,6月15日 火曜日 15時00分頃 フラワーショップ「アサフス」



一年半前の雨が滴る六月。赤松は自分の店で店番をしていた。
六月の花と言えば紫陽花、菖蒲、泰山木と言ったものが主で、普段花を使用した生活を営んでいない一般の家庭にはあまり花屋は縁がない時期かもしれない。
アサフスに来店する一般客の多くは田上、杜の里の住人である。赤松はそれらの客の顔と名前を大体覚えていた。たまに見慣れない顔の客が来る事があるが、それらの一見客はここから車で二十分先にある熨子山の墓地公園へ墓参りに行くための花を買いにくる客が主だった。だがそれらの大半は盆や彼岸の時期に集中する。

スーツを着たサラリーマン風の男が梅雨時の昼間に、この店に来る事はあまりない。第一印象が不自然だったため、当時の事はよく覚えている。
男は店内にある花が入った冷蔵庫の中を眺め、足下に置いてあったバケツに入った墓参り用の花束に目をとめた。

「これ、ひとつ下さい。」

男はその佛花を指差し、低い声で店にいた赤松に言った。
赤松は返事をして花を取り出し、包装紙に包んだ。

「お客さん、お墓参りですか。」

男の口元は少し緩んだ。

「赤松、俺だよ。久しぶりだな。」

誰か分からなかった。赤松は男の顔を3秒程眺めた。口元にある黒子が目に入った時気づいた。

「一色か!」
「そうだよ。」
「久しぶりやなぁ。スーツ着とっから誰か分からんかったわ。」
「冷てぇなぁ、気づいてくれよ。」
「どうしたん、こんな平日の昼間に来るなんて。」
「いや、噂で赤松が実家を継いだって聞いたから、墓参りの花を買いに来たんだ。ちょっと仕事を抜け出してな。」
「仕事?」
「ああ。」
「え…?おまえ、こっちで仕事しとらん?」
「まあな。」

赤松は一色が東京の国立大学に進学した事は知っていた。しかし、そんな立派な学歴を持った彼が地元に帰って来て仕事をしていることに、少し違和感を持った。当然、当時は一色が警察である事も赤松は知らなかった。しかしそれ以上は仕事について突っ込んだ話はしなかった。彼なりに事情があるのだろうと思った。

一色との会話は10分ほどだっただろうか。久しぶりに高校の同期の連中と集まってみたいという内容の会話だ主だった。

「ところで一色、誰の墓参りなんや。」

一色は少し口をつぐんだ。

「あぁ、ごめん。ちょっと聞いただけなんやわ。」
「いいよ。ちょっと繋がりのある人の墓参りだよ。」

そう言うと一色は店の奥で事務仕事をしている妻の綾と母の文子を見つけた。

「あの人がお前の奥さんか。」

綾はパソコンに向かって入力作業をしている。

「まあね。」
「奇麗な奥さんじゃないか。お母さんも元気そうだな、良かった。」

文子は老眼鏡を掛け、そろばんを弾いて伝票の仕分け作業をしている風だった。

「母さんは年やから、昔みたいにって訳じゃないけど、俺よりかは元気や。」

一色はしばらく綾と文子を眺めていた。

「みんな強いな…。」

そう言うと一色は勘定を済ませて、赤松にまた来ると言って背を向けた。

「赤松。」

赤松は彼の背中を見た。

「いや…何でもない。」

この言葉を残して一色は店を後にした。それから彼がこの店に来る事はなかった。

赤松はその時の一色の表情が印象に残っていた。物寂しげな表情。
昔は剣道部の部長として赤松たちを牽引してきた人間が、10数年経ちその背中に哀愁さえ漂わせる姿は、時の流れを感じさせると共に赤松にとっても寂しさを感じさせた。

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