58,12月21日 月曜日 12時45分 河北潟周辺



「何だって?お前はその刑事にそんなこと言ったのか。」
「ああ。」
「まったく何てことしてくれたんだ。」
「なんだよ。聞かれたことをその通り話して何が悪いんだ。」
「あのなぁ。俺はお前とは連絡とって無いって言ってしまったんだぞ。あぁ辻褄が合わなくなってるじくるじゃないか。」
「はぁ?なんでそんな嘘をつく必要があるんだよ。」
「いや…。」
確かに佐竹のいう通りだ。村上は佐竹に余計な面倒をかけたくないとの気持ちから片倉に嘘の答弁をした。警察から事情を聴取されたという佐竹からの連絡もなく、おそらく自分が最初の聴取対象であろうと踏んだのが間違いだった。まさか別の者が同じような時間帯に佐竹を聴取していようなどとは村上は想定していなかった。物理的に離れた環境にいる他者の気持ちを以心伝心で組めるほどの卓越した能力を持っている人物などいる訳もなく、村上は自分の軽率な言動を後悔した。
「他に何か聞かれなかったのか。」
「いや、俺は俺で年末のゴタゴタで忙しいから今日の晩にもう一回出直してくれって言っといた。」
「そうか。」
「なぁ、なんでお前そんな嘘ついたんだ。」
「いいだろお前には関係ない。」
「関係ないってなんだよ。おまえこそ変にあいつらに勘ぐられることになるぞ。」
ここで村上は昨晩談我での店主とのやり取りを思い出した。

「相手に黙って、こそこそするからダメなんじゃあ無いのかなぁ。なんて言うのかな、こうちゃんと向きあって、俺はこう思っている、君はどう思うって。」
「いやぁ、なかなか面と向かって言えないよ。」
「そうかなぁ。でもそういう本音の部分を話せるの間柄って言うのが、友達の良い部分じゃないのかなぁ。」

「佐竹、あのな。」
「どうした。」
村上は頭髪をかき乱しうな垂れながら言葉を発した。
「…俺、実は今ピンチなんだ。」
「なぜ。」
「あのな…あれ…ほら、あれだよ。」
「何だよ。」
しばらくの沈黙を経て村上は意を決した。
「ウチのボスの弟の慶喜。お前んとこの専務がちょっかいを出してきた。」
「専務が?」
「ここだけの話だ。石川3区の立候補予定者がいてな。俺にその秘書をしろと言ってきやがった。」
「それがどうピンチなんだ。」
「あのなぁお前にはさんざん話していただろ。俺が何故今、政治家の秘書なんかやっているか。」
「ああ、お前は政治家になるんだろ。」
「そうだ。そのために俺は本多善幸一筋でこの仕事をしてきた。あいつの代わりに嫌いな人種に頭を下げたり、嫌な汚れ役も先回りして引き受けてきた。それもこれも善幸の支持を得て俺が選挙に出るためだった。」
「そうだな。」
「この世は腐っている。善幸がどうして政治家になっていられるか。それもこれも特定の利益集団に担がれているからだけなんだよ。あいつ自身それほどまで確固たる政治思想を持っているわけでもない。北陸新幹線に関してもそうだ。多重型国土軸形成なんて単なるお題目。意図するところは支持母体や自分ところの会社を延命するだけなんだよ。」
電話の向こう側で村上の政治に対する姿勢を聞いていた佐竹は、先ほどまで山県と話していた金沢銀行改革のための思想を思い出した。今、村上が言っていることは山県の信念とダブるところがあった。
「いいか国会議員ってもんは国の代表だ。地元のことは地元の議員がやるべきだ。それがなんだ気づいたら国会議員は地元セールスマンになり変わっている。こんなことじゃ激変する国際社会の競争に、この日本は取り残されるんだよ。」
「村上…だったら決別しろよ。」
「なんだって。」
「決別しろって言ってんだ。」
不意をついた佐竹の言葉に村上は頭が真っ白になった。
「俺は思うんだよ。そんな忌み嫌う連中に平身低頭で支持を取り付けて仮にお前が政治家になったとしよう。お前はその呪縛を引きずることでしか組織票を勝ち得ることはない。そうなればお前が善幸の意図したところを先回りしてやってきた損な役回りを、別の人間がするだけだろ。」
河北潟を望んでいた村上は風に煽られて揺れる水面を見つめた。川でも海でもない潟に漂う波はたおやかであり、風と共になびく水辺の枯れたススキがさわさわと音を奏でている。
「俺が今までやっていたことは無になるじゃないか。」
「無になるかならないかはお前次第だろ。俺もついさっき重大な局面に立たされた。だからお前の話に正面から向き合っている。」
「佐竹…」
「なぁ村上。業務に関わることだから詳しくは話せないが、ひょっとすると俺が今立たされた立場によって、お前が不利益を被ることになるかもしれない。」
「なんだって…」
「だから俺はお前には後悔のない生き方をして欲しいんだ。」
村上は足元に転がっている石ころをつまみ上げてそれを目の前に広がる河北潟めがけて投げ入れた。肩には多少の自信があったが、自分でも意外なぐらいの飛距離をもってその石つぶては水の中に落下し、波紋を作り出した。
「どうやら俺はずいぶんと遠回りをしていたようだな。はははは。佐竹、済まんな。電話で話すレベルの内容じゃなかったな。」
「いや村上、お前先回りしすぎて変に自分の身動きが取れなくなる癖があるだろ。だから心配なんだよ。」
「そうだな。」
ひと呼吸おいて村上は口を開いた。
「俺もお前に不利益をもたらすかもしれん。」
「なんだって…。」
「まぁ、お前の勧めの通りに行動すればそれはないだろうが、それを決めるのは俺次第だ。何故なら俺の人生だからな。」
電話の向こう側の佐竹はしばらく黙っていたが、しばらくして笑い出した。
「そうだ。お前の人生はお前が決めろ。」
「あぁ、そんな単純なこと、何で今まで分からなかったんだろうな。俺は俺で判断する。消して悔いのないように。」
「長い付き合いの男ととうとう対立する立場か。まるでドラマみたいだな。」
「佐竹…すまんな…。」
胸襟を開いて話したはずが、どこかもの寂しげな空気が漂っていた。二人の心境をそのまま表現したかのように、河北潟には12月の寒風が吹き荒んでいた。
「でも、絆は大切にしたいな。」
「絆?」
「お前昨日言ってただろ、疎遠になった間柄といえども絆ってものはあるって。」
立ち尽くしていた村上の頬に一筋の流れるものがあった。この電話以降、自分の行動如何によって佐竹とは反目し合う関係となるかもしれない。それだけにこの一言は村上の琴線に触れるところがあった。
「そうだな。」
「お互いベストを尽くそうぜ。」
高校時代に苦楽を共にした戦友として二人はお互いを認め合っていた。時には対立し、時には価値観を共有し、社会に出た今日まで絆を深めてきた。自分が慶喜の申し出を断ることで、佐竹の出世が脅かされようが、それはそれで止むを得ないことである。佐竹も思わずがな自分に不利益を与える立場になったようだ。それは彼の望むところであろうがなかろうが、彼自身の手で決断したこと。そんなことで決定的な溝ができるほど二人の間は柔なものでもない。二人はそのように語り合い、お互いの健闘を祈って電話を切った。
切った携帯電話をしばらく見つめた後、村上は河北潟の様子を眺めた。そして振り返って10メートルほど離れたところに止めてある自分の車に目をやって言った。
「ははは、また敵が増えちゃったよ。一色。」

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